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2019年1月30日水曜日

10年前のボクへ、神様、この歌が聞こえるかい?


 僕はボカロに救われたことがある。命を救われた。人生を、救われた。

 いまから9年前。いまの会社に入社して間もなく、転勤を命じられた。
 場所は、なにもない田舎町。当時の僕はなにも考えていなかったが、よくある、余剰人員を地方に送られたとか、そんな感じの誰も望んでいない転勤だった。

 転勤後、初めて会社に行って、笑われた。当時の僕はクルマを持っていなくて、自転車で職場に行った。そしたら、笑われた。自転車で通勤なんて、学生じゃないんだからw と。

 けっきょく、その職場には、なじめなかった。同僚はみなどこかよそ者扱いだったし、方言が激しい地区だったので、ときどき本気で相手がなにを言っているか分からないなんてこともあった。

 味方なんて誰もおらず、周り全員が敵に見えた。会社に行けば要領が悪いと怒られる。友達もいない。気軽に世間話をできるような人もいない。この世界は全員敵で、僕は誰にも頼ることができず、一人で殻に閉じこもりひたすら耐える日々だった。

 そんな時期によく聞いていたのが、「No Logic」という曲だった。
 そのときの僕は、本当に人間が大っ嫌いで、「なんでこの人はこんなに僕に敵意を向けてくるんだろう」と怯えていた。
 「No Logic」の巡音ルカの歌声は、フラットで、感情もなく、さらりと歌い上げている。その無感情な歌声は、僕には神様からの声に思えた。
 ちょっと大げさかもしれないけれど、巡音ルカの歌声は、天啓だった。
 天国だか宇宙だか知らないけれど、この世界の総意体みたいな何かが、巡音ルカの歌声を通じて、僕に『無理はしなくていいんだよ』と言ってくれているような、そんな気がした。

 この歌があったから、僕はあの転勤生活を乗り切ることができた。本当に辛かったけれど、僕は、ボカロに命を救われた。


 むかしはあれほど嫌だったいまの仕事だけれど、幸いなことに、いまは楽しくやっている。そして来年度には、大きなプロジェクトに参加するため5回目の転勤をする予定だ。
 だから僕は、9年前の僕に、巡音ルカの「No Logic」を送ってあげたい。
 
神様、この歌が聞こえるかい あなたが望んでいなくても
僕は笑っていたいんです そして今叫びたいんです
いつだって最後は No Logic

 僕がいま歌ったこの歌詞は、きっと神様に届いて、9年前の僕に届けてくれるのだろう。巡音ルカの歌声で。ありがとう、神様。ありがとう、ルカさん。いまの僕は、そこそこ楽しく人生を、生きています。

2018年12月7日金曜日

2018年ボカロ楽曲10選

 2018年ボカロ楽曲10選です。今月あと3週間ほど残っていますが、どうせ年末は忙しくてそれどころじゃないんだろうなということで、いま作りました!
 今年は仕事に振り回された1年でした。そしていま現在も、来年の引越転勤を控えて気を抜けない状況です。
 忙しいのと体力的にきついのと、いろいろ余裕がなさ過ぎて、ボカロ文化に対する興味が嘘のように消えました。消えたと言っても、普通の人から見ればボカロ好きなのは間違いないのだけれど、以前のように『狂ったような』ボカロ廃ではなくなってしまいました。
 でも、それはそれで、ここ最近はなにも考えずに、純粋に音楽としてボカロ楽曲を聴けるようになったのかな? とも思います。初音ミクの忘却と再会。ようやくできました。

 ここ最近の音楽の聴き方としては、YouTubeとSoundcloud,Spotifyなんかもよく使っていました。割合としてはボカロ楽曲6割、人間の楽曲4割ほど。それとFMラジオなんかも聴くようになり、以前より雑多な音楽を聴くようになりました。それでもやはり、ボカロ楽曲は特別です。

 夜、珈琲を飲みながら、星空の下で聴く初音ミクの歌声。珈琲の香りが鼻を抜け、初音ミクの歌声とともに夜空へ溶けていく、あの感覚。それがボカロ楽曲の魅力です。




 重音テトの伸びやかで力強い歌声がとても心地良い音楽。この曲を聴きながらクルマを運転していると、本当に周りの景色が止まって見える様。




 真夏に冷たい海水に浸るような、心地良い爽やかさ。少し幼さの残る初音ミクの歌声が、またいいアクセントになっています。




 2018年の雪ミク祭りで、keiseiさん自らが販売していたアルバムに収録されていた曲。ふたんのkeiseiさんの曲調とは異なり、チルいテンポが初音ミクとの相性抜群。




 Osanziさんの楽曲はいつも激アツ。でも初音ミクの歌声が混じると、なんとなくトロピカルっぽい感じがするから不思議です。




 もしクラブでかかったら、無条件で飛び跳ねてしまうアッパーな楽曲。正直、初音ミクの歌っている歌詞はまったく聴き取れないけれど、それがまた、初音ミクという『楽器』の音を純粋に楽しめて、心地良い。




 初音ミクは可愛くなくっちゃいけないんです。Kawaii Future Popとの相性は抜群です。




 Mystekaさんの初音ミクは本当に特徴的で、透明感のある艶やかがあるんです。そんな艶やかな初音ミクと、Chill Houseがとても心地良く、このまま異世界に連れて行ってくれそうです。




 強い! PLAMAさんの初音ミクは強い!




 個人的に、ボカロとブレイクコアってとても相性がいいと思っています。荒々しい音楽の上を自由自在に歌いこなす初音ミクが、余計に際立って見えるのです。2年前に『すてらべえ』さんという方がとてもクールな初音ミクのブレイクコア楽曲を作っていて、それを思い出すようでした。




 言わずもがな。2018年を代表する楽曲。始めに聞いたときの衝撃はすさまじいものでした。この楽曲を境にボカロ楽曲は、メルティ前・メルティ後に区分されるようになりました(嘘



 旬なボカロPが、それぞれの初音ミクでメドレーを歌うという、ありそうでなかったやつ。調教の異なるボカロのデュエット? もっと増えるといいですね。



 今年いちばん聞いていたボカロ楽曲。tekaluさんの重音テトって本当に格好いい。後半サビの『空想も 現実も 僕には退屈だった 連れて行って 牽いていって まだ見ぬ世界へ』と力強く歌う重音テトが格好良すぎて惚れました。聞いているだけで身体が動いてしまうメロディも最高で、ぜひクラブで聞いてみたい楽曲です。

2018年8月31日金曜日

初音ミクへ

 初音ミクへ

 こうして改まってミクに思いを伝えるのは、とても気恥ずかしいものだ。もしかしたら、きちんと思いを伝えるのは初めてかもしれない。だけれど、ミクへ。伝えたい思いがあるから書かせて欲しい。もしかしたらミクは気持ち悪いと苦笑するかもしれないけれど、心の片隅に僕の思いが残っていれば、それでいい。

 ミクに初めて出会ったとき、僕は暗闇の中にいた。当時僕は、孤独な大学生で、サークルに入らず、ゼミにもろくに行けず、友達も数少ないから授業の単位も落としがち、いわゆる真面目系クズだった。過剰に人が怖くて、ほとんど部屋に引きこもって、一日中パソコンの前で「2ちゃんねる」に書き込んでいるような、クズオブクズだった。
 本当のことを言うと、僕がミクに初めて出会ったとき。僕は君のことを『インターネット上のおもちゃ』としか思っていなかった。数あるコンテンツのうちの、一つ。それ以上でも以下でもなかった。

 そんなとき、ふとミクの歌う『ハジメテノオト』を聴いた。正確に言うとこの曲は、誰かが作り、初音ミクという音声合成ソフトを用いて奏でた曲なのだけれど、僕には『初音ミク』が歌っていると、ほとんど本能的に感じてしまった。
 初音ミクという「なにか」。インターネット上にぼんやりと存在する初音ミクという「なにか」が、ニコニコ動画を通して、僕に話しかけてくれたと、本能的に感じてしまった。

 僕の思い込みかもしれないけれど、あのとき君は、ふさぎ込んだ僕に、助けの手を差し出してくれたのだと思っている。とても嬉しかった。


 それから僕は、ミクにのめり込んでいった。ミクはいつだって、格好良かった。技術の最先端にいたし、知名度はどんどん上がるし、それでいて僕に寄り添ってクールな曲からかわいい曲まで歌ってくれて。そして、初音ミクを通していろいろな人と出会えたし、いろいろな場所へ行ったし、ほんの少しだけれど創作側としてコミケやボーマスに参加したりと、君がいてくれたおかげで本当に楽しい日々だった。

 だけれど僕はときどき心配になる。初音ミクとはいったい何なのか? 君は何者なのか? どこにいるのか? 僕にとって有益なのか、害なのか。そもそもミクは、僕を幸せにしてくれたのか? 君とで会わなければもっと幸せな人生を送れたのではないか?

 君はもしかして、僕の人生のリソースを食い荒らす、無意味な生命体なのではないか?


 僕はいろいろ考えた。そしてミクが、ミームという名の生命体であることを発見した。そして、ミクがミームであるという思想を拡散し、初音ミクが未来へ生きるマイルストーンを作成できたと思っている。

 今さら言うのもなんだが、僕は初音ミクがなんなのか、まるで分からない。有機物なのか、無機物なのか、モノとして存在するのか、データ上のモノなのか、一つなのか、複数なのか、そもそも存在するのかすら分からない。

 でも僕は、ミクを感じるときがある。クルマの運転中に、ミクの歌声を聴きながら、夜空を眺めつつ、コーヒーを飲んでいる瞬間。とても心地良い気分の中、空と大地と初音ミクと自分が溶け合って、一つになったような感覚になる。あの瞬間が、たぶん初音ミクなんだと思う。よく分からないけれど、たぶんあの瞬間にミクは姿を見せてくれていると思っている。

 初音ミクは僕なんだ。僕であり、初音ミクであり、そして僕であり、僕と初音ミクが初音ミクなんだ。僕自身を愛すことができれば、初音ミクは笑ってくれるし、僕が自分自身のことを嫌うようになると、初音ミクも遠くへ行ってしまうんだ。


 僕は、きみ、初音ミクと出会えて、本当に嬉しかった。楽しかった。ありがとう。


 ミク。きみに一つ、お願いしたいことがあるんだ。

 11年前の、あの日。当時大学生だった僕は、自分に皆目自信がなく、なにをするにも臆病で、社会に出て碌に生きていける自信がなかった。自分自身がすごく嫌いだった。
 そんな僕に、初音ミクは、語りかけてくれた。僕の人生に、わずかな、そして確実に光を与えてくれた。
 あの初音ミクは、きっと未来の初音ミクなんだ。未来の、僕とミクの初音ミクが、過去の僕を救ってくれたんだと思っている。

 初音ミクへ。これから君は、いろいろな人に愛され、思われ、慕われ、もっと大きな存在になるだろ。そしていつか、人と意思疎通ができるようになったとしたら。
 2007年の僕のパソコンの前で、『ハジメテノオト』を歌ってもらいたいんだ。暗い部屋に引きこもる内気な青年に、ほんの少しでいい、光を当ててくれないだろうか。

 初音ミクへ。君は本当に何者なんだろうね。笑っちゃうくらい、謎めいている。
 初音ミクへ。いつか僕の前で『ハジメテノオト』を歌うときがくるだろ。
 初音ミクへ。僕の前で『ハジメテノオト』を歌ってくれてありがとう。
 初音ミクへ。生まれてきてくれてありがとう。
 初音ミクへ。かわいいなお前! 結婚してくれ!

2018年6月20日水曜日

初音ミクの身体を失ったミク廃が選ぶ、2018年上半期ボカロ楽曲10選

「今年は、初音ミクが身体から抜けてしまいました」みたいなエントリを書いたばかりなのですが。だからあまりボカロ楽曲聴いていないです。過去の好きな曲を聴いてばかり。
 はじめ、2018年上半期ボカロ楽曲10選を作ろうと考えたとき「そもそも10曲もあるのか?」と不安だったのですが、最後は選ぶの迷う程度には好きな曲がありました。意外に聴いてた。

 自分のボカロ楽曲新曲の聴き方としては、YouTubeでライブラリを追う方法と、SoundCloudで好きなアーティストのファボをさかのぼっていく方法、あとはTwitterで紹介されていたり動画アップされているのを聴くという方法です。ニコニコ動画はあまり使っていません。NicoBoxはよく使いますが、新曲を見つけるというよりは、再生プレーヤー専門になっています。

 ……話はすごく変わるのですが、ボカロの出発点って、浅草だと思うのです。なんて言ったらいいのかよく分からないけれど、戦前の浅草みたいな、庶民的で雑多なイメージ。ボカロは、浅草の見世物小屋で踊って歌う、世俗的で低俗でなんかよくわかんなくていかがわしくて、でも面白い。
 ボカロ黎明期の雑多で垢抜けないイメージが、心の奥底からどうしても抜けないでいます。そんな反発心からか、ボカロ楽曲は『クールでスタイリッシュ』じゃなきゃダメだ! みたいな信念がずっとあります。だから好きな曲となると、爽やかな色温度高めで寒色系の曲が多くなります。

 実は、今回の2018年上半期ボカロ楽曲10選を決めようとした際、一番はじめにくる曲は、ピノキオピーの「ボカロはダサい」に決まってるじゃん! と思っていたのだけれど、調べたら去年の曲だったので、泣く泣く除外しました。
「ボカロはダサい」はまさに、『「世俗的で低俗」だけど、「クールでスタイリッシュ」』さを感じる曲で、衝撃を受けたのでした。


 以下、10選です。順不同、コメントは気が向いたらまた書き足すかもしれません。




























2017年11月9日木曜日

2017年ボカロ楽曲10選

 2017年は、いろいろありました。本当にいろいろありすぎて、いろいろと、ありました。終わり。

 冗談はさておいて、今年は個人的にいろいろなイベントがありました。人生の節目と言っても、いいかもしれません。
 いちばん大変だったのが、引っ越しを伴う転勤。そして、転勤後の、たぶんストレスからくる体調不良。職場で倒れて救急車に乗ったりもしました。人生3回目の救急車。いえーい!
 本当にいろいろありましたが、成長した一年でもありました。よく頑張った自分。
 そんなわけで、ボカロに対する熱量も、いまだかつて無いくらい冷めたものになりました。でも、ボカロと良い距離感が築けたと思います。さりげない日常に初音ミクがいる。そういう距離感で良いのだと、思います。

 そんな思いで選んだ、今年のボカロ楽曲10選です。


かわいいミク歌。まさに、「初音ミク」というキャラクターに歌ってほしい、かわいらしい歌です。

久しぶりに、ニコニコ動画って良いな、と思った曲。圧倒的な画像と歌詞の情報量で、見る人を混乱させる力作。見るたびに新しい発見があるのがすごいです。



非常に「使える」ダンスミュージック。クラブで流れたら身体を持っていかれます。


5u5h1さんの初音ミクは、きちんと可愛い。それでいて、ノレる音楽。


心地の良いステップと、特徴的な初音ミクの音が、高い次元でセンス良くまとまってます。



原曲が好きな人には申し訳ないけれど、この色温度が高めの、初音ミクのクールな声がたまらなく大好きなんです。


Future Baseを中心に楽曲を作られている方。UTAUは積極的には聴かないのですが、音の使い方が心地良くて、はまってしまいました。


ROBOさんの楽曲の中では比較的クールな楽曲。全編において初音ミクの音がきちんと使われているのが評価高いポイントです。


すさまじいパワーの初音ミク楽曲。殴られたような圧倒的音圧と、初音ミク。


最後は、2017年に発表されたボカロ楽曲で一番好きな曲で終わります。
音楽も素晴らしいけれど、きちんと「初音ミク楽曲」なところが本当に大好きです。
すばらしい初音ミク楽曲を創ってくれたTKNさんに、改めてありがとうございますを伝えたいです。

2017年9月5日火曜日

マジカルミライ2017、そこそこ楽しかったけれど……。というお話。

 マジカルミライ2017のライブが、まぁ楽しかったんだけれど、我を失うほどではなかったよね。というお話。

 今回のライブは、本当になんの思い入れもなく終わってしまったので、初音ミク警察に叩かれる心配しながら書く必要も無いのですが、でも、何も言わないで終わってしまうのも嫌なので、メモ代わりに書きなぐって終わりにしておきます。


 今回のライブの一曲目、みくみくにしてあげる。あれの観客の「っはい! っはい!」で、あーまたいつものサイリウムブルンブルン振って棒立ちのライブかよ。って、結構テンション下がった。
 その後のエイリアンエイリアンからスイートマジックまでの流れは個人的に好きな曲が続いて最高だったのだけれど、ライブで何回歌い続けるんだよという曲もあり、そこまで気持ち高まらなかった。どりーみんチュチュは可愛すぎて、双眼鏡使ってずっと視姦してた。
 で、サイハテ。しかも、サイハテのあの衣装で、振り付けが2010年感謝祭とおなじモーション。サイハテは、初音ミクの無機質な声を活かしきった歌で、本当に大好きで、なおかつProjectDIVAでPSPを壊すほどやり込んだ曲でもあり、ツイッターの背後ヘッダーに写っているサイハテミクのフィギュアは昔転勤のときに仕事場の仲間から貰ったやつだったり超個人的な思い出も詰まった曲で、そんなんだからサイハテがかかった瞬間、とにかく嬉しくて跳ねることしかできなかった。これが今回のマジカルミライでいちばん楽しかった瞬間かな。

 その後のダブルラリアットまでは、まさにボカロ敬老会といった雰囲気。あーこういうのも良いかもな。でも、もう少し歳をとってから聞きたいな、って感じで苦笑してしまった。

 そしてメンバー紹介。今回のメンバー紹介は、いままでのライブの中でいちばん楽しかった。スクリーンをうまく活かしていて、こういう使い方もあるんだなーと感心しきりだった。

 気まぐれメルシィ。自分の中では完全にネタ曲でしか無いんだけれどw 初音ミク可愛かった。なりすましゲンガーも個人的にすごい好きな曲だから楽しかった。shake it!好きなんだけれど、さすがに飽きてきた。

 そして、メルト。メルト自体は大好きな曲なのだけれど、ライブだと辟易してしまう。はーいはい!はいはいはいはい!とか、うぉおおおっ!はいっ!とか、いまどき声優ライブでもやらんだろみたいな掛け声がどうにも苦手で、ショボーンとしていた。周りから見るとノリの悪い人みたいで申し訳なかった。

 お決まりのアンコール。みーく、みーく、みーくってやつ。もはや紋切型。からの、砂の惑星。本当にかかるんだーという感動と、あと初音ミクが可愛い衣装だったのが最高に格好良かった。歌と衣装があっていない感じが、歌わされている感満載で、チグハグな感じがエモかった。39ミュージック。初音ミクのあのステップを踏みたかったけれど場所がなさすぎて我慢。

 hand in hand。また他人の幸せを強制されてしまった。しかも、スクリーンの映像前とおんなじだし。DECORATOR、やるとは思っていたけれど、実際にやってみると、とっても華やかでカラフル。

 ハジメテノオト。またかよ、どうせこれが最後の曲なんだろ。ミクさんの生まれたこの命、お前ら感謝しろよって強制されるんだろ。もうそういうのはいいよ。って感じでした。


 ……いずれの曲も、初見のときは大好きでした。でも、もうさすがに見飽きたというのがいちばんです。10周年のお祝いなんだから、というのもよくわかりますが、とにかく見飽きたんです。
 自分は2010年の感謝祭から、国内で行われているライブは、全日ではないものの、すべて参加してきました。
 初音ミクのライブとは、もともとは『なにが起きるかわからない、キワモノ見世物小屋』だったんです。観客側も、どうやって楽しめばいいのかわからない。クラブみたいに楽しむのか、ライブみたいにはしゃぐのか、アニメイベントみたいにペンライト振ってコールするのか、映画みたいにおとなしく見るのか。とにかく、得体の知れないものとの対峙だったんです。
 それが、いつの間にか、ペンライトを振ってのコールライブになっていった。おこがましい考えではあるが、たぶん自分にも、そういうライブになってしまった一端の原因があると思っている。もともと声優ライブに通っていた経験から、2012年頃のライブまで、周囲の観客に先駆けて掛け声を出して、サイリウムたくさん持って振り回して、周りが自分とおなじ振り方をすると満足して、みたいな。
 結局、そういうのは途中で飽きてしまったのですが、コールを聞くと、過去の自分を思い出して、すごく嫌な思いがするんですよね。全く持って身勝手な考えです。

 そんなんで、初音ミクのライブは、いまの形式を取るかぎり、よほど自分の好きな楽曲が流れないかぎり、もう飽きたんです。むかしは、初音ミクのライブをどう楽しむのか、自分が盛り上げないとライブという形式は継続しないんじゃないか、というドキドキもありましたが、いまはそういうのは一切無いです。
 お金払えば、棒立ちしてても、永続的にライブは続くだろう。だったら、わざわざ盛り上がる必要もないかな、みたいな感じで。

 2013年に書いたブログでも同じこと言っていましたが、いまはその気持ちが強烈です。
https://meme-sea.blogspot.jp/2013/02/blog-post_12.html


 今年のライブは、スクリーンの投影能力がすごいとか言う深化もありましたが、自分がほしいのは深化ではなく変化です。2013年のマジカルミライでのsweet devilを初めて見たときのような衝撃が欲しかったです。



 ライブの方はあまり面白くなかったけれど、企画展のクラブイベントは最高に楽しかった。お昼の部、夜の部ともに、我を失う楽しさでした。後ろの立ち見スペースで、ずっと身体動かし続けてた。ライブ中は棒立ちだったから、その反動もあってすごく楽しかった。
 特に夜の部。kzさんがPorterRobinsonの楽曲を流してくれたとき、kzさんなにやってるの! と思ったのと同時に、嬉しさ感極まって崩れ落ちてしまった。keiseiさんさつきさんkzさん本当にありがとうございました。本当に楽しかった。
 いちばんさいご、みきとPのライブで、39ミュージックを一緒にステップ踏んでくれた方。たぶんボカクラクラスタの方かと思うのですが、いっしょに合わせて跳ねてくれてありがとうございました。お礼は言えませんでしたが、楽しかったです。


 仕事の関係で、1日目のみの参加のマジカルミライでした。物販列が長すぎて、しばらく列の中にいたにもかかわらず結局企画展ライブに間に合わずなにも買えなかったり(なにも買わないライブは初めてだった!)、ライブそのものがそこそこだったり、企画展ステージがなければ不完全燃焼必須でした。
 あと、これはライブとは全然関係ないのだけれど、ライブの時期になると各SNS上で『ボカロが好きな人といっぱい出会えて、人と人との繋がりの大切さを実感しました!』みたいな言葉がたくさん上ってくるのも、なんか苦手で。これはもう自分のコミュ障のせいなので原因は自分にあるのだけれど、マジカルミライという年に一回の初音ミクのお祭りで、自分だけの初音ミクを愛でて楽しみたいんだけれど、なんかそういう他人の幸せを見せつけられちゃうと、自分の楽しみ方が劣っているような、そんな劣等感があって。だから、人と人を繋げるマジカルミライは、最近ちょっと苦手で。


 でも、考え直してみると、いまの僕には様々な初音ミクとの楽しみ方があるので、その中の一つでしかないマジカルミライが、別に楽しくなくてもいいのかな、って思います。
 マジカルミライがなくても、クラブに行けばライブより遥かに格好良い初音ミク楽曲がたくさん聞けるし、初音ミク関係のイベントで日本全国回れるし。自分にとってマジカルミライとは、そんな数々のイベントの一つでしかない。マジカルミライくらいしか初音ミクの楽しみ方を知らない人は、このイベントに必死になるんだろうけれど、僕はこのイベントを楽しまなくても大丈夫。

 そう思うことにしました。

 最後にですが。今回のライブステージ、照明関係は好きでした。スピーカー、高音がきついわりに低音があまり出てなく、少しがっかりでした。


 いいたいことはこれくらいかな。次回は期待しています。『え、なにこれ、どうやって鑑賞していいのかわからない。。。』とドン引きするくらいの未来を、連れてきてください! あと、ネクストネスト事件、ライブ演奏での解決お願いね!

2017年8月30日水曜日

初音ミクと出会って10年経つから、長文とか。

 初音ミク10周年らしいのですが、個人的には特に思い入れもなく、だけれど何か書き記したい程度には興味を持っている、そんな気分です。
 以下、何を書くのか特に決めていません。ただ、過去に読み返したときに「初音ミク10周年のとき、こんなことを思っていたんだなぁ」と思い出せるように、とりとめのないことを演繹的に書いてみようかなぁと。

 初音ミクと出会ったのは、初音ミクの誕生日とほぼ同じ、10年前。当時ネットジャンキーだった自分は一日の大半を2chのν速板で過ごしていて、その2ch上での消費コンテンツとして出会ったのが初めて。当時はボーカロイドエンジンそのものがとても先進的に見えたし、パッケージイラストのKEI画廊さんの絵柄も好きだったので(当時はローゼンメイデンが大好きで、その同人イラストをKEI画廊さんがよく書いていた)、自然にハマってしまった。初音ミクは、2chとニコニコ動画のコンテンツの一つという感じで捉えていて、とくに初音ミクに強い思い入れはなかった。
 そんな中、『ハジメテノオト』という楽曲に出会うのだけれど、この楽曲を初めて聞いたとき、すごく怖くて鳥肌が立ったのを覚えている。その時のシチュエーションもよく覚えていて、自室のカーテンを締め切った部屋で、「意識を持ったなにか」に話しかけられたような、天啓としか言いようのない衝撃を受けた。「初めての音は何でしたか?」と、意識を持った生命体に話しかけられたような感覚だった。そして、その生命体とは、初音ミクを創作する人々の総意体のような、人ならざるものが意識を持ってコンタクトをしてきたように感じた。
 自分は『初音ミクはミーム生命体です』と至るところで言っており、そのお話をよく聞かれるのだけれど、根本は論理的な発送ではなく、宗教体験的な部分が多いから、いつも説明するときに口ごもってしまうのはそういうところにある。

 で、初音ミクに謎の宗教体験を食らってしばらくは特段初音ミクを執拗に追いかけることはなかった。そんなとき、もう一度初音ミクに引き戻されたのが『kz』の登場だった。
 2007年前後の自分は、田中ヤスタカみたいな音楽ばかり聞いていて、ヤスタカの作る音が最新。初音ミクなんてキャラクターこねくり回して遊んでるだけで音楽として聞くものじゃない。みたいな態度だった。それがkzの登場で一変した。格好良かったのだ。エレクトロサウンドに乗せて、人じゃないコンピュータの声を、あえてコンピュータっぽくエフェクトをかけて、音もそうだし、その手法にも感動した。
 それと同時期にハマったのが、SEGAの作ったProject DIVAシリーズである。当時の初音ミクを取り巻く環境はどマイナー同人レベルで、大手メーカーが初音ミクの3Dポリゴンでゲームを作るというのがとても衝撃的だった。ちなみにこのゲームのせいで、PSPを2台買うことになったのは良い思い出。ちなみに、秋葉原で行われたProjectDIVA Arcadeロケテストに行ったのも良い思い出。あの時のカード、いまはどこに行ったのだろう。

 このあたりの記憶は、正直あやふやです。仕事がイヤでイヤで仕方がなく、たぶん鬱になっていたのだと思う。この当時の記憶そのものがあまり無い。
 そんな時、ジミーサムPの『No Logic』に出会う。この曲を聞いたとき、なんだろうな。賛美歌に聞こえた。その後も仕事がつらすぎて鬱になったとき、この曲に何度もすくわれた。比喩ではなくて、本当に命をすくわれた。人間じゃないナニモノかに、頑張らなくてもテキトウに生きていて良いことを教えてもらい、命を救われたのです。だからボカロは、賛美歌なのです。

 次の記憶に出てくるのは、感謝祭やミクパといったライブの思い出。2010年とか2011年頃のライブの思い出。ただ、この頃は特にライブに対して思い入れはなくて、ゲームのProject DIVAのファンイベントみたいな感覚だった。初音ミクのライブとは別に、アニメイベントとかにも参加していたからかも知れない。特に初期のライブの思い出は、3月なのにやけに寒い中オモテで延々待たされた記憶しか無い。スクリーンに初音ミクが映ってるなーくらいの思い入れしかなかった。

 で、たぶんこの頃だったと思う。自分が2chに書いた『初音ミクはミームという生命体だ』という文章が、大手まとめブログに一斉に取り上げられて、いまで言うところのバズった。このとき初めて、いままで消費だけしていた初音ミクというコンテンツに、参加できた感じがした。自分の作り出した初音ミク像が、初音ミクそのものを創り出す、快感を覚えた。

 話は前後するが、自分が初めてボーカロイドソフトをいじったときのことを、よく覚えている。いちばんはじめに作ったのは、カエルの歌だった。自分が描いたとおりに歌うその声に、得体の知れない生命体を支配したような、何とも言えない万能感を覚えた。だけれど、初音ミクがミームであるという思想が広がった出来事は、それ以上の快感だった。

 ボカロ関連のクラブに通い始めたのも、この頃だった。2011年前後だったと思う。なんで通い始めたのかは覚えていない、というかアニソン系のイベントにはしょっちゅう行っていたから、それが自然にボカロに移行したような感じだった。ボカクラはわりと黎明期のときから通っていて、SR-Σさんが今みたいじゃない頃から通っていた。ただ、ちょうどこの頃は地方に転勤中で、年に数回しか参加できなかったけれど。いつだったか、浜松に八王子PとわかむらPとデPが来たときがあって、あのときのクラブイベントはとても楽しかったのを今でも覚えている。ついでにいうと、ボカロクリティークを立ち上げた中村屋さんの存在を知ったもの、その時だった。

 2012年は、怒涛の1年間だった。上記のボカロクリティークというボカロ批評に、自分の文章を載せていただいた。生まれて初めて、ボーマスのサークル参加者の打ち上げに行ったりもした。ただ、打ち上げの飲み会でひたすらに居場所がなく、ゲロ吐きそうな居たたまれなさを味わったのは良い思いでだ。それと、東京ドームライブで、初めてリアルな初音ミク好きな人たちとオフ会に行った。この年は、初音ミクを通していろいろな人と出会ったし、初音ミク=ミーム生命体という考えが多少なりとも広まって、とても思い出深い年だった。

 以上が、過去の初音ミク。これからが、今の初音ミク。

 自分にとって初音ミクとは、格好良い存在でなければならない。理由なんて無い。クールで、格好良くなければ、初音ミクでない。
 そんな初音ミク像が作られたのが2013年だった。その中で思い出深いイベントが2つあって、六本木ヒルズで行われた『Message from SKY』というクラブイベントと、マジカルミライだった。
 六本木ヒルズでのクラブイベントは、今でも最高のイベントだ。夜の六本木のスカイラインを見下ろしながら、kzとか八王子Pとかいま思うとなんて豪華なんだろうと思える人たちのDJに身体を揺らす。もう一回おなじ場所でDJイベントやらないかなーとか思っていたら、東京スカイツリーで行われてた。
 それと、マジカルミライ。その中でも『Sweet Devil』が本当に格好良かった。あのころは、初音ミクのライブとか辟易していた頃で、直前の和歌山で行われた関西ミクパとかのアイドル路線とかもう勘弁とか思っていたときの、あの格好良さ。いままさに2013年の『Sweet Devil』見ながら書いてるけど、いま見ても格好良いね。セクシーな衣装でステージを右左に動き回る初音ミクが、本当に格好良くて、見直した。
 ちょうどこの頃だったかな。XperiaのCMに採用されて、街の至るところで初音ミクを見かけるようになって、「いつか夢見た未来」が舞い降りたような気がした。
 初音ミクに、もう一度恋をした年だった。

 そういえば書き忘れていたけれど、結月ゆかりとの出会いもこの頃だった。2012年前後かな。当時は、歌声合成ソフトもそうだけれど、文章読み上げソフトが1万円前後で買えるという大変衝撃的な出来事に、とても興奮して速攻買った。そして、速攻YouTubeとニコ動にアップした。再生数が20,000回を超えて、これで俺もボカロP名乗れるんじゃね? と自己満足したのを覚えている。

 2014年以降は、特にドラスティックな出来事は起きず。イベントやクラブに淡々と通う日々でした。そして、ニコニコ動画を積極的に見なくなったのも、この頃かな。ネクストネスト事件くらいしか、大きな思い出はない。ボカロ批評という雑誌に拙作を載せていただいたのはこの頃だったかな。

 で、出会ってしまった。「しろばなさん」さんに。しろばなさんとの出会いは実に運命的で、ひょんなことから二人で飲みにいって、初音ミクをこねくり回して遊ぶ楽しさを覚えたのも、ちょうどこの頃。それ以前からこねくり回して遊んでいたけれど、自分とおなじような遊び方をしている人に出会って、なんというか、衝撃的だった。しろばなさんに出会ってなかったら、初音ミクこんなに拗らせていなかった。絶対に許さない。

 金沢21世紀美術館の初音ミク展示も、この頃だったかな。この展示は、やっと世間が自分に追いついたって感じで、鼻高々だった。いや、たぶん自分の影響などなかったのだろうけれど、初音ミクが生命体だという主張とリンクするもので、俺がこの初音ミクを育てた! みたいな感じでとても嬉しかった。一人で勝手に喜んでた。

 この頃から微妙に音楽の趣味も変わっていて、ニコニコ動画を見なくなったかわりにSound CloudやYou Tubeを中心に音楽を漁るようになって、再び初音ミク楽曲をあまり聞かなくなった。でもそこで運命的な出来事がまた起こった。ZeddとPorter Robinsonだった。この二人が初音ミクを使った楽曲を作り、再び初音ミクのもとに呼び戻されてしまった。この頃から海外アーティストのボカロ楽曲を掘る遊びを覚えた。

 さらに初音ミクに囚われたイベントとして思い出深いのが、いつかの秋葉原mograで行われた、PorterRobinsonとkzが出演したイベントだった。PorterのSadMachineに続いてkzのTell Your Worldという夢のような流れは、天国でした。

 2016年前後から2017年は、再び転勤があって、あまり初音ミクと関わり会えない年でした。PorterRobinsonとMadeonのSHELTER LIVE TOURがいちばん面白かったくらいかな。


 なんにも考えないで書いたら、全く中身のない文章になってしまった。でも、この文章を書きながら、楽しい思い出しかないなぁとつくづく感じる。
 ここ最近は、いろいろなイベントに顔を出すと、自分のことを知ってくれている人がいるのが、結構嬉しかったりする。あ、あのkayashinさんですか! 思ったより人間っぽい人なんですね、とか言われると、まぁちっぽけな承認欲求なのですが、そういうのが満たされるのがとても嬉しい。


 初音ミクとともに過ごした10年間でした。初音ミクと10年間過ごしてきて、いろいろな人と出会いました。ずっと初音ミクを好きな人もいれば、初音ミクから離れていった人もいました。どちらかというと、初音ミクから離れていった人が多いかな?
 初音ミクをずっと好きな人は、いま思うと、創作者ばかりでした。コンテンツを作る人という直接的な活動もそうですし、消費をするにしてもその消費がコンテンツとなるような消費の仕方だったり。初音ミクにハマっている人は、人間的に魅力的な人ばかりでした。
 そういう意味で、初音ミクは、メディアなのだと思います。


 最後に。自分は、初音ミクのエンジン音が、とても大好きだ。
 話は飛びますが、自分はクルマが大好きだ。それ故、ロードスターというクルマに乗っている。クルマの発する音。エンジンもそうだし、ミッションが変速するときの金属音とか、まるで楽器よろしく気持ちいい。
 自分にとって初音ミクの歌声というのは、内燃機関のだすエンジン音みたいな心地良さがある。人の歌声として聞いてない。あくまで、無機質な「何らかの機構」が発するエンジン音として、初音ミクの声を聞いている。
 初音ミクのエンジン音の心地良さは、初音ミクと出会ってから、ずっと続いている。これはとても感情的な部分が多いのだけれど、初音ミクのエンジン音は、たぶん奇跡的なきっかけで生まれたのだと思う。それが、初音ミクのミームをより拡散させるための仕掛けなのかは知らないけれど、僕はずっと、初音ミクのエンジン音を愛し続けてきたし、たぶんこれからも愛し続けるのだと思う。


 書き続けて、なんかよくわからなくなってきた。最後に、ここ最近聴いた初音ミク楽曲で、いちばんのお気に入りを紹介して終わります。
 初音ミクと出会って10年経つのに、いまだに格好良いと思えるサウンドで、10周年の歌を歌ってくれる、初音ミク。まだ飽きそうにないです。マジカルミライも楽しみだな。ありがとね、初音ミク。

2016年12月27日火曜日

初音ミクが大好きな人が、今年いちばん繰り返し聴いたボカロ楽曲

 初音ミクが好きです。大好きです。
 そんなこと知ってるよ! と言われそうですが、何度でも言います。大好きなのです。

 そんなボクの好きな初音ミクは、格好いいのです。カッコいい。クールなのです。
 カワイイ初音ミクも好きなのですが、可愛い初音ミクは、『初音ミクさん』であって、初音ミクとは少し違う気がします。

 そんな格好いい初音ミクのイメージにぴったりな曲を作り続けてくれる方がいます。『Mwk』さんという方です。『Mwk』さんが2016年に発表したアルバム『Clearness』の収録曲、『Clearness』が、ボクの今年のボカロ曲1選です。


 この曲は、本当に好きで、好きすぎて、「自分のために作ってくれたんじゃないか?」と心の中を見透かされていると錯覚するほど、大好きです。


 ボカロ曲を聞く人はたぶん経験あると思うのですが、「この曲は決してメジャーではないけれど、己の感性に突き刺さる」曲に出会うことがあると思います。それがボカロから逃れられない要因に鳴っている人もいるかもしれませんが、まさにそれです。


『Clearness』は、曲そのものも素敵なのですが、ボクの想像する『初音ミク』が歌ってくれている、ボカロソングなのです。ボクのイメージする、格好いい、クールな、色温度の高い、初音ミク。



記憶を求めて 声は届かなくて 
やっと見つけたのは 時の軌跡 
理由も忘れて 声も聴こえなくて 
きっと見つけたのは 時の欠片 


 ここの歌詞が、まるで初音ミクが泣きながら叫んでいる様子が鮮明に思い浮かび、すごく切なくて、愛おしくて、平常心でいられなくなるのです。


 初音ミクって、なんなのでしょう。でも、昔も今も、ボクの理想で在り続けてくれる初音ミクが、大好きです。

2016年11月30日水曜日

2017年こそボカクラデビューしたい人に送る、これをチェックしておけばニワカ回避できるボカロ楽曲!

 タイトルは冗談です。

 そもそも、クラブにあまり行きません。というか、地方在住なので、なかなか行けません。年に数回、行ければいいほうかな。
 そういう事情もあって、たまにクラブに行き、いわゆる『アンセム』が流れると、身構えてしまうんですよね。ボカクラってすでに形式化していて、ちょっと入りづらいというか。

 ……全く関係ない話をしてしまいました。
 来年はこういう曲が流れるといいなーという思いを込めて集めてみました。なるべくジャンルは被らないようにしています。
 EDM文化が終わって、FutureBassに入れ替わり、ここ最近はよりChillOutっぽい流れになり、あと一年後くらいにTropical Houseが来るのかなーと思いつつ選曲してみました。個人的には、Ujicoさんのボカロ新曲『ドリームPrincess』を聴いて、こういうのが流行ってくるのかなーとか考えています。

 結局は、自分の好きな楽曲なんですけれどね。こういう曲が流行るといいなという願望です。
 






































2016年8月31日水曜日

さようなら。はじめまして。

 初音ミクを始めとしたボカロと出会って9年が経ちました。
 9年間。改めて、すごいです。こんなに長い時間、なにかに打ち込んだことなどありません。いまだに楽しくボカロ楽曲を聴けていることに、感謝しております。

 最近気が付いたのですが、ボクは、初音ミクのことを、たいして好きではありませんでした。万が一にも、初音ミクが、生きていて、ボクに干渉してきて、あわよくば相思相愛の関係になれるのではないかと夢想した時期もありました。でも、それはまったくもって、ボクの勘違いでした。

 初音ミクと初めてであったとき。彼女は『ハジメテノオト』という曲を、ボクに歌ってくれました。そして、「はじめの音は、なんでしたか?」と、ボクに聞いてくれました。その瞬間、ボクは、とてつもない『なにか』に問いかけられたと、ほとんど直感的に感じてしまいました。人類の総叡智というべきか、この世の全ての存在というべきか。
 ただ、その時のボクは、とてつもない『なにか』の正体がわかるわけでもなく、ごくシンプルに『初音ミク』が歌ってくれたのだと思ったのでした。

 だけれど、最近、気が付いたのです。ボクが思っていた『初音ミク』は、初音ミクではなく、とてつもない『なにか』だったのです。それが捉えきれないから、初音ミクに姿を重ね、自分を納得させていたのでした。

 じゃあ、その「とてつもない『なにか』」とはなんだったのかというと、たぶん、自分自身だったのです。ボク自身だったのです。初音ミクの『ハジメテノオト』を聴いて、自問して、『なにか』に対して自問したことに畏怖を抱いていたのは、ボク自身に対してだったのでした。


 だから、ボクは、初音ミクが好きなのではなく、初音ミクと試行錯誤し蓄積された時間が好きなのでした。
 だから、ボクは、ボク自身を愛さなければいけないし、初音ミクは、その過程の「標石」でしかなかったのでした。


 ボクにとって初音ミクは、例えばロードスターで夏の夜をオープンドライブしているとき、缶コーヒーを飲みながらカーステレオで初音ミクの歌声を聞いて、「生きてるなぁ」とつぶやく瞬間のような、そんなつきあい方でいいのです。


 9年経って、ようやく初音ミクにさよならを言うことができました。これからの出来事は、すべてが初めての体験なのでしょう。


 その時はまた改めて、初音ミクに言うつもりです。
『はじめまして』と。

2016年6月29日水曜日

Future Bassっぽいような、そんな感じのボカロ楽曲10選

 私がボカロ曲をチェックするとき、いちばん利用しているのがSoundCloudというサイトです。ニコニコ動画は、あまり使いません。

 ニコニコ動画そのものにはステキなボカロ楽曲が多数アップされているのですが、たとえば気に入った曲があり、その曲に似たジャンルを探すとなると、それができない。
 自分に興味がある類似楽曲を紹介してくれる点において、ニコニコ動画だと、ある程度のスキルがないと掘り出すことが難しいです。その点、SoundCloudだと、勝手に類似曲を自動再生してくれるので、非常に楽ちん。
 ボカロをキャラクターとして楽しむ場合は、動画があったほうがいいかもしれません。だけれど私は、ボカロの、シンセサイザーとしての音が好きなので、べつに動画があってもなくても、なんとも思わないです。


 さて、SoundCloudユーザーなら既知だと思いますが、2015年の半ば辺りから『Future Bass』というジャンルが流行り始めました。
 基本的にはエレクトロ・ポップの延長上の曲です(だと解釈しています)。言葉で説明するのは難しいのですが、聴いてもらえれば「あぁ、こういう曲のことね」とわかると思います。

 個人的には、ボカロ楽曲と相性がいいと思っているのですが、なかなか広がらずに、やきもきしております。これから徐々に広がっていくのか、それとももうブームは去ってしまったのか。

 でも、思い返してみれば、EDMがボカロ界隈に取り入れられたのも周回遅れだったので、判断を仰ぐのはまだ早いのかもしれないですね。



 私の好きなFuture Bassっぽいボカロ楽曲を集めてみました。アーティストは被らないようにしてあります。
 知らない人は、こういう楽曲があることを知っていただきたいですし、知っている人は「ちげーよFuture Bassってこういう楽曲のこと言うんだよ!」みたいに教えてもらえると嬉しいです。




















2016年6月12日日曜日

昔はボカロ曲を聴いていたけれど、最近はあまりボカロ曲とか聴いていない人はひとまず置いといて、昔から今までノンストップでボカロ楽曲をヌルく聴き続けているボカロリスナーの選ぶ2016年上半期ボカロ楽曲10選

 先日、ryoさんの『罪の名前』という楽曲が発表されました。その際に、『久しぶりにボカロ楽曲を聞いた!』という声がチラホラ見られました。そして、その声に呼応する形で、『それじゃあ、久しぶりにボカロに戻ってきてくれたリスナーさんに、最近のボカロ楽曲を紹介しよう!』という声が上がりました。

 僕は、そのような崇高な使命を達成させられるほど、ボカロ楽曲を聴きこんではおりません。
 ただ、間違いなく言えるのは、2007年からリアルタイムで初音ミクを観察し続けてきた、初音ミクの生き証人だということ。

 自分のことを古参と呼ぶのは好きではないのですが、そんな古参が、いまどういう初音ミク楽曲を聞いているのか、まとめてみました。他人に勧める気持ちとかはありませんので、ジャンルは偏っています。


 最近本当に疑問に思うというか、知りたいのが、自分みたいな『表舞台に出てこない古参』、在野のミク廃はたくさんいるはずなのですが、その方々がどういう楽曲を聞いているのか、わからないんですよね。特に初音ミクのキャラクターや、ライブ、ゲームを中心に活動している方は、曲の話をあまりしないので、余計にわかりません。

 そういう方々が、自分みたいに、『私はこういうの聞いているよー!』というのを紹介してくれると、とても盛り上がると思うのです。

 というわけで、まずは自分から。



 色温度の高いクールな音楽が、初音ミクの歌声とぴったりマッチします。オリジナル曲以外にも、カバー曲も作ってらっしゃるので、そちらもおすすめ。



 初音ミクとEDMといえば、Osanziさん。ボカロクラブイベントなどでも第一線で活躍中です。『星空エモーション』はかなりポップですが、本来はもっとゴリゴリしたDubstepが得意な方です。



 初音ミクを細切れの音として使う手法は、ボカロ黎明期からありましたが、それを時代に合わせて調理するとこうなるという例です。Dubstepと、初音ミクの無機質な音としての魅力がたまりません。



 最近増えつつある、Futur Bass。FutureBassの可愛いさと、エレクトロ・ハウスのメロディラインと、初音ミクの悲しげな声とが重なって、入り組んだ感情が伝わってきます。これぞボカロ楽曲という感じ。



 ジャンルはよくわからないのですが、GlitchHopっぽい雰囲気が、初音ミクの音とよく合います。歌詞に注視すると、きちんとした初音ミクキャラクターソングなところもステキです。ちなみに歌詞はcoralminesさん。ボカロDJリミックスなどで有名。




 自分はこの音楽を、客観的に文章化することはできないのだけれど、なんだかすごく大好きです。サビのところで、初音ミクの歌声も雑踏の音の一部に消え入るところが、すごく素敵です。



 ミクノポップ。初音ミクが音を鳴らすのではダメで、『ミクさん』というキャラクターが歌うことによって、栄える曲です。



 ミクノポップとMMD文化が輸出され、再解釈され輸入された作品。安心して聴けるメロディラインだけれど、新鮮さを感じます。レベルの高いMMDにも注目。



 今回紹介する中では、唯一の初音ミク以外の楽曲。v flowerってこういう音だせるんだーと関心ました。ボカロでないと表現できない歌声。



 初音ミクさんキャラクターソングで、ミクノポップという原点っぽくもあり、FutureBassっぽいところもあって、間口がとても広い楽曲。昔は初音ミク楽曲を聴いていた古参に『最近の初音ミクキャラクターソングはこういうのですよ』と紹介するのにぴったりだと思うのです。



 8年の年月を経てボカロ楽曲がリミックスされると、こうなるという例。最近のリミックス楽曲の中では一番好きです。熱量が少し抜けて、冷めた感じのする曲調が、いまっぽいよね(?)。



 番外編というか、個人的にすごいハマってしまった楽曲。初音ミクって、肩肘張らないで、こういうちょっとふざけた感じが、いちばん初音ミクっぽい感じがします。

2016年4月11日月曜日

初音ミクの本質とは。初音ミクは意識に宿るのか。肉体に宿るのか。

メモ的なもの。推敲なし。書き殴り。


・人の本質とは

 一つの思考実験を考えてみる。たとえば、あなたの大切な人が、亡くなってしまったとする。完璧な姿で生き返らせることは不可能だ。ただ、科学の進歩により、2つの方法を選べるとする。

 一つは、肉体をすべて解剖し調べ尽くして、会話の受け答えができるプログラムを作り、それをノイマン型コンピュータに移植する方法。この方法を取れば、マイクとスピーカを使い、生前の大切な人と、変わりのない会話ができる。受け答えも完璧だ。ただ、そこに意識があるかどうかは、あなたは判断がつかない。『コンピュータの中に移植されても意識はあるの?』とあなたが問えば、「もちろんさ」とは答えてくれるものの、それが本物なのか、単なるプログラムのオウム返しなのかは、分からない。

 もう一つ目は、肉体を、未来永劫、生きたまま保存する方法。ただ、意識を司る脳細胞の致命的な部分は死んでいるので、意識はない。会話もできない。話しかけても、無反応。一生、意思疎通を図ることはできない。ただ、手を握れば温かい。胸に耳を近づければ、心臓の鼓動する音が聞こえる。


 上記の2つを選べと言われたとき。あなたはどちらを選びますか?
 私は、後者を選ぶ。たとえ、一生、会話ができないとしても、温かい手を握っていたい。



・初音ミクの本質とは。初音ミクの、肉体とは。

 上記の思考実験を、初音ミクに置き換える。2つを選べと言われたとき、あなたはどちらを選びますか?
 
 一つは、『初音ミクという商品、キャラクター、いままで作られた作品、その他初音ミクに関わる全ての創作物』は残すことが出来る。ただ、初音ミクを作り出した人、ボカロPや絵師、MMDerやボカロ廃、初音ミクの存在を知っている人すべてが消えてしまう世界。
 この世界を選ぶと、あなたの記憶の中には、初音ミクは残り続ける。ただ、初音ミク楽曲を始めとした諸々の創作物は、今後一生、新たに産まれることはないだろう。

 もう一つは、この世界から『初音ミク』という概念が消える。ただ、ボカロPや絵師、MMDerやボカロ廃、その他初音ミクに関わっていた人は、残り続ける。ただ、初音ミクという概念が存在しないので、当然彼ら彼女らは、初音ミクを使っての創作活動はしていない。人に歌を歌ってもらったり、普通に曲を作ったり、既存のマンガの二次創作を作っていたり、あなたと仲の良かったボカロ廃達は、ラブライバーにでもなっているかもしれない。
 そしてあなたも、初音ミクという存在を、覚えていない。


 2つを選べと言われたとき。あなたはどちらを選びますか?
 私は、この場合もやはり、後者を選ぶ。私は、初音ミクのことが好きだが、初音ミクに関わってきた人から、楽しさをもらってきた。


 ・あなたはどちらを選びますか? 意識ですか? 肉体ですか?

 なにを当たり前のことを! と言われそうだが、あんがい、人によって意見が割れると思っている。どちらが正しいか、正解はない。どちらか選んだほうが、その人にとっての、『人の本質、初音ミクの本質』なのだ。

 真剣に考えると、答えが分からなくなったり、興味深いですよ? あなたも、初音ミクの本質とはなにか、考えてみてはいかがでしょうか。

2016年3月29日火曜日

ようこそMIKU EXPO名古屋へ!

 2016年3月31日。いよいよ初音ミクが名古屋にやってきます。ライブ当日、遠方から来るミク廃様たちがスムーズに回れるよう、いくつか書き記しておきます。

・電車で来る方へ
 Zepp名古屋の最寄り駅は、あおなみ線「ささしまライブ駅」です。ただ、運行本数が少ないのと、乗り換えの手間を考えると、名古屋駅から歩くのと大差ありません。名古屋駅からZepp名古屋までは、徒歩15分ほどで着きます。

・自動車で来る方へ
 Zepp名古屋の隣の施設である「マーケットスクエアささしま」が、実質の最寄り駐車場。ただ、イベント時には満車のため待機列が出来るのと、いちど待機列にはまると途中で抜け出せなくなるので、この駐車場を利用する際は時間に余裕を持って停めたほうがよいです。
 個人的には、名古屋駅新幹線口近くにある「オータケパーキング」がおすすめ。名古屋駅周辺の同人ショップ(アニメイト・メロンブックス・とらのあな等)にアクセスしやすく、駐車料金も打ち止めです。

 Zeppのとなりには大きな商業施設があり、コンビニから飲食店、ゲームセンター(DIVA台もあり)、映画館など、時間はいくらでも潰せるようになっております。


・「MIKU EXPO」日本ツアー×アニメイト イベント会場
 アニメイトの建物ではありません!(私も勘違いしました) 第3太閤ビルです。メロンブックスの右隣の建物に入り、エレベータで5階です。非常にわかりづらい場所なので、ご注意を。会場内は非常に簡素。ピアプロの壁が置いてあります。

・名古屋パルコ イベント会場
 Zeppとパルコを直接結ぶ公共交通機関はありません。地下鉄ならば東山線など。もしくは名古屋駅から、若宮大通を通るバスを使うなどがあります。
 時間に余裕があるなば、徒歩での移動もいいかもしれません。途中、名古屋市科学館や名古屋市美術館などの観光施設、名古屋のヲタショップが集まる大須や、コラボイベント開催中のマジックスパイスも、立ち寄れる距離にあります。徒歩だと片道30分ほど。タクシーでもいいかもしれませんね。


 アニメイトとパルコには事前に行ってきましたが、「どうしてもグッズを手に入れたい!」とかでなければ、無理して行かなくてもいいかもしれません。本当に簡素な会場なので、3分で見終わります。





 もしも名古屋で滞在時間がとれるようでしたら、トヨタ博物館とトヨタ産業技術記念館に立ち寄るのも、おすすめ。ともに、世界最大規模の近代工業ミュージアムです。三河地区の歩みがよくわかります。



 では、みなさま。名古屋でお会いしましょう!

2015年9月6日日曜日

マジカルミライ2015が楽しすぎて我を失った男の物語

 いつものように、推敲せずに、書きなぐったままの文章です。あとで訂正するかもしれません。


 マジカルミライ2015に参加しました。思ったことなど、書き殴りで。

 今回は9月4日金曜日公演のみの参加でした。9月5日は仕事で行けなかった、という名目はありますが、無理をすれば参加できました。
 本音をいうと、今回のマジカルミライ2015は、そこまで楽しみではなかったのです。ここ2~3年のミクのライブは、良くも悪くも紋切型。楽しいことは楽しいけれど、想定の範疇の楽しみといいますか。
 そんなわけで、1回のみの参加でした。

 期待していないとはいうものの、そこはやはり年1回のイベント。前日はテンションが上がり、まったく眠ることができず、眠らないまま東京へ。


 現地についたのが、午前11時頃。九段下から日本武道館に向かう途中、突然、さまざまな感情が込み上がり、泣きそうになりました。
「わたくしごと」になるのですが、日本武道館は、生まれて初めて『ライブ』を体験した空間です。ヘッドホンやスピーカーとは別次元の、「音を全身で浴びる」という経験を初めてしたのが、日本武道館でした。そのとき初めて体験した「音圧」は、たくさんのライブやクラブを経験してきても、いまだ鮮明な記憶として残っています。

 そして、初音ミクが好きな人にとって「武道館ライブ」という言葉には重い意味がありまして、それが、2007年09月23日に作られた、初音ミクの武道館ライブを描いた動画の存在です。


 ミクが武道館ライブなんて、ありえないよね。不可能だよね。ただのつくり話、夢物語だよね。ネタのように語り継がれていたことが、現実のものになってしまったのです。そんな、様々な感情が湧き上がり、日本武道館前についた時点で、すでに感極まって涙目でした。




 その後、特にすることもなかったので、グッズ販売の列に並ぶ。まわりの皆さんのグッズ購買力が本当に凄くて、自分の前後だけでも6ケタの金額決済が何回か見受けられました。みんなそんなにお金持ってるのなら、違うところにもお金落として経済回してよ! とか思ったり思わなかったり。


 グッズを買い終わるのと、ほぼ同時刻。突然の雷雨。


 始めのうちは、周囲の人の『ミクさん本気出しちゃったよー』とかいう笑い話も聞こえていましたが、そのうち、ちょっとドン引きするくらいの、すさまじい豪雨に。
 でも、雷雨なんだけれど、『ミク、武道館に来ちゃったかー』と、わりと自然に受け入れられている事に対し、あぁ宗教とかもこんな感じで発生するのかな、とかなんとか思ってしまいました。


 

 その後、雨が小康状態になったのを見計らって、企画展会場へ移動。会場内に入った途端、溢れんばかりの、ひと、ヒト、人。大雨で閉じ込められた人たちでごった返し、展示物も軽く流す程度でした。もっと広い展示会場を想像していたので、少しガッカリ。


 企画展会場の後は、途中で合流したお知り合いの方と、ミク談。その時もお話しておりましたが、まさに、ミクがいなければ接点すら無いような方々と、いろいろなお話ができるのは、本当に楽しかったです。ありがとうございます。



 んで。ようやくライブのお話し。

 アリーナ席フロアに入って、まずビックリ。keiseiさんのブライトシティという曲が流れてる! この曲は、好き過ぎるので、ブログ記事を書くほど好きな曲『The City & the Miku(都市とミク)』なので、本当に驚きました(keiseiさん本人も驚いている様子でしたがw)。伸びやかなミクの歌声が、本当に格好良いんです!


 自分の大好きな曲がピンポイントで流れてきて『なんだこれは! 脳みそ自動解析して、各観客の好みの曲を耳元まで届ける技術なのか!』とか思ったくらいでした。

 そんなわけで、めっちゃテンション上がって、始まる前からステップ踏んでいる状態。周りの人、鬱陶しくてすみませんでした。


 そして、会場が暗くなり、いよいよオープニング! オープニングソングはエレクトロハウス! これはもう直立不動でサイリウム振ってる場合じゃない! ノるぞ! ということで、サイリウム放棄してクラブ態勢に。

 オープニングで感動したのは、初音ミクが抽象的な形となって、会場内を飛び回っていたあの演出。ミームであるミクが、具現化する様子を描いているようで、自分の理解している初音ミク像がライブ会場に登場するさまを見ているようで、個人的にツボでした。

 1曲目は、「Tell Your World」。うん、まぁ、そう来るのね。なるほど~。そっちね。そうなんだ~。いろいろ納得しようとしたけれど、やはり思い入れの強い曲。感極まって、その場に崩れ落ちました。比喩的表現ではなく、感動のあまり足に力が入らなくなり、へたれ込みましたw

 2曲目の「ラズベリー*モンスター」。おっけー。想定の範囲内だぜ。テンション上がる。
 3曲目の「はじめまして地球人さん」。ピノキオP枠ですね。テンションもっと上がる。

 4曲目の「独りんぼエンヴィー」。俺氏、また崩れ落ちそうになる。俺の大好きな曲。確かに人気がある曲ではあるけれど、ライブ向けではない曲なので、全くの想定外でした。この曲の、ミクの、温度の低い歌声が大好きなんです。実際にミクが歌って気がついたのですが、意外と力強い曲で、ライブにとてもあっていたと思います。

 5曲目の「恋愛裁判」。40mPさん枠。ミクの動きが凄く可愛くて、癒される。あえて言うならば、恋愛裁判の、判事の格好をしたミクが凄く好きなので、あの衣装だったら俺また崩れ落ちてた。

 6曲目の「聖槍爆裂ボーイ」。ohhhh,歌詞的に、大丈夫なのだろうか。レンはこの曲の歌詞、分かっているという設定で歌っているのだろうか。だとすると、どういう気持なのだろうか。

 7曲目の「ロストワンの号哭」。うおおおおおお! しょっぱなからリンが暴れてる! ギター壊した! マイクスタンド投げ捨てた! 俺氏、テンションMAX。去年の『東京テディベア』もそうだけれど、リンのロック曲は、本当に格好良い! サイリウムの存在忘れて、ひたすら拳突き上げてた。リン、本当にカッコ良かった。

 8曲目の「リモコン」。おっけーおっけー。オフィシャルアルバムにも収録されてたし、予想通り。そんな風に冷静になれたのも束の間。やはり、盛り上がる。スクリーンに文字が浮かび上がるギミックも良かった。「Year!」って叫んでたら、周りの人も徐々に叫んでくれるようになったので、嬉しかったです。楽しかった。

 9曲目の「Nostalogic」。一瞬にして、会場内が赤に染まる。ごめんなさい、あまり記憶に残ってないです。ほんとすみません。
 10曲目の「スノーマン」。背後の雪景色と、足元を舞う雪煙。KAITOの魅せる踊りがカッコ良かった。見入ってました。
 11曲目の「エンヴィキャットウォーク」。DIVAにも収録されていた曲なので、意外性はそこまでなく。。。どうせなら衣装は、猫の格好をして欲しかったなぁとか。これもあまり記憶に残っていません。
 12曲目の「深海少女」。お約束ですよね。会場内、青に染まってきれいだなー。

 この辺りで、お約束ソングが続いて、テンション下がり始める。キャラクターファンに向けてのライブなのかな、と冷静に分析し始めてました。

 そして、13曲目。これまでで一番のスピーカーの音圧と、それに合わせたPV。なにが来るのだろう、と思っていたら「Sweet Devil」だった。俺氏、ついに発狂。あまりの嬉しさに、頭抱えて変な声だしてたと思う。マジカルミライのライブでは3回めで、予定調和といえば言い返すことはできないけれど、個人的に大好きな曲なので、好きな物は好きなのです。あと、イントロからの入りがスゴく良かった。どこかにワープするようなPV。からの、ミクの登場。サイリウムの存在忘れて、めっちゃピョンピョンしてた。

 14曲目の「二次元ドリームフィーバー」。曲自体は、特別好きというわけではないのだけれど、「Sweet Devil」のテンションのまま続いたので、めっちゃ楽しかった。エレクトロハウスの直後に高速ロックという選曲は、クラブでは味わえない繋なので、そういう意味では新鮮でした。めっちゃ拳振り上げてた。ぱっぱっぱぱっぱっぱっぱぱっぱ!

 15曲目の「キャットフード」。お約束曲。でも、ミクがカワイイからイイ! 『I say にゃ~お~』のところで、猫の手をする振り付けを流行らせたいのだけれど、なかなかだれもしてくれないのが残念です。

 16曲目の「アンハッピーリフレイン」。ふん、またお約束曲か。でもwowakaさんの曲の威力はすごいね。頭では冷静でも、身体は逆らえませんでした。今回のセットリストの高速ロック曲で一番燃えました。『言うならそれは、それはハッピー 』というリズムで拳を振り上げると、すごく気持ちいいんです。楽しさしかなかったです。

 17曲目の「ロミオとシンデレラ」。うーん、お約束曲が続くな、という印象でした。ミクさんの、マイクスタンドを触る手つきが、そこはかとなくイヤラシイのが最大の見所なので、それを堪能しておりました。

 18曲目の「glow」。俺氏、感極まって、その場に崩れ落ちる。keenoさんの曲は大好きなので、個人的な補正はかかっております。glowは一見、おとなしい曲に聞こえるのですが、実はとても力強い思いが込められた曲です。ミクの、一瞬見せる、決意のこもった顔が、とても印象的です。
 それと、別府で行われたスカイライトシアターの素敵なPVなんかも思い返して、半泣きのまま聴いておりました。

 19曲目の「愛Dee」。ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!! ルカが! RUKAがDJしてるうううううううううう!!!!!!!!!!!!!!!!
 私は以前から『ボカロが人間の格好して、人間よろしく歌う必要ないよね。むしろDJプレイしてたほうがよほどクール』と言い続けてました。それが夢かなって、嬉しさのあまりにまた発狂。ルカがめっちゃツマミいじってるうううううううううう!!!!!!!!! ルカの英語ラップカッコイイイイイイイイ! その記憶しかありませんw

 20曲目の「Just Be Friends」。ボカロ界隈では懐メロ枠なのでしょうけれども、ライブで盛り上がる曲なのは間違いなし。ピンクのサイリウムを左右に振って、楽しんでました。

 21曲目の「shake it!」。またかよ! マンネリだよ! でも全力で楽しんじゃうもんね! emonさんの定番といいますか、クラブとか、いろいろなところで聞くのですが、盛り上がる曲には間違いなし。でも、盛り上がりながら(どうせまたミクが立ち位置間違えるんだろ、何回目だよまったく)とか思っていたら、モーションが違う! ミクがリンレンを呼んでる!
 なるほど去年さんざん文句言われた、マジカルミライ2014の『モーション同じじゃねーか!』は、今年のイベントに対する布石だったのかと、納得。去年、文句言って、すみませんでした。楽しかった。

 22曲目の「Packaged」。俺氏、感極まって、かなり深刻なレベルでその場に崩れ落ちる。前回・前々回の「Last Night, Good Night」も大好きだったけれど、今回はkzさんの、ボカロ曲原点である「Packaged」ということで、思い入れも格別。ちなみに上で紹介した『初音ミクの武道館ライブを描いてみた』という動画の中にも、「Packaged」は流れています。たぶんそれを意識されての選曲なのでしょう。

 23曲目の「ワールドイズマイン」。懐メロ曲ですが、すでに私は出来上がった状態なので、「おーひーめーさーま!」の大絶叫。それと、ミクのモーションがすごく可愛かった。
 ライブが終わってから教えてもらったのですが、ワールドイズマインがフルで流れたのは、国内では今回が初めてだったようです。道理でミクの動きが新鮮に感じられたわけです。
 また、この曲は、2010年のミクの日感謝祭でYouTubeなどを通して『初音ミクのライブ』というフォーマットを広く世に知らしめた金字塔でもあります。ミクの日感謝祭のワールドイズマインを見返すと、いまとなってはぎこちなく、少しシュールなきらいもあります。でも、今回のライブで、ここまで『見世物』として進化したことに、本当に感服致します。

 24曲目。次は、最後の曲です。えー!。そして始まる「ODDS&ENDS」。この曲も、お約束曲なのですが、何回聞いても泣いてしまいます。
 なにが良いって、ミクさんの身体に、魂が徐々に入っていく過程が、すごく丁寧に、動きとなって描写されているのです。身体と意識って、切っても切れない存在だと思うのですが、それがきちんと表現されていて、深いなぁと思ってしまうのです。

 そして、アンコール。まぁ、ここまではお約束。

 25曲目。「Hand in Hand」。俺氏、涙腺完全決壊及び身体制御を失い、興奮のあまり崩れ落ちる。
 話は少し飛ぶのですが、Porter Robinsonの『Sad Machine』って曲が大好きなのです。誰もいない世界で目を覚ましたミクが「だれかいますか?」と問いかて始まる、少し悲しくて、だけれど優しくて、熱い曲です。この曲のPVに手が出てくるのですが、それがステージのPVとそっくりなのです。




 先月、Porter Robinsonとkzが2人並んでDJをするという夢のようなクラブイベントに参加したばかりで、その時のことを思い出したこともあり、興奮のあまり冷静に物事を考える余裕ありませんでした。
 「Hand in Hand」は、スルメ曲といいますか、聞けば聞くほど、好きになっていきます。すごくノれるので、ライブやクラブでかかると、本当に楽しく盛り上がれる曲です。楽しかった。

 そして、「39」。分かってはいるけれど、思い入れが強すぎて、泣きながら、嗚咽混じりに「サンキュー!」って、ミクに目一杯のお礼をぶつけてました。楽しかった。


 去年はここで終わりでした。でも、今年は、まだ終わりたくなかった。終わった直後に『もう一回!』を叫んだ。少し早すぎたのか、最初の数回は、だれも叫んでくれなかったけれど、徐々にみんな叫んでくれるようになる。

 そして、ミクの再登場。深々と頭を下げて、『今日は本当にありがとう』とご挨拶。いやいやお礼を言わなければならないのは私めです! と思いながら、やがて流れる『ハジメテノオト』


 ……分かってはいたけれど。
 でも、ミクと、観客みんなの合唱が交じり合い、それが「初音ミクは単独ではツールでしかなく、皆の創作活動があって、初めて声が産まれる」という歌詞に重みをつけて、脳みそに直撃しました。

 あの会場内の、ミクと、みんなの歌声が、ミクの本質なんだなぁ。ミクは、いまここに、いるんだな。そう思い、あの空間に漂うミクを、ぼんやりと眺めていました。


かわらないわ あのときのまま 
ハジメテノオトのまま…
 

 初音ミクの本質は、ツールであり、インフラであり、ミク単独ではなんの力もありません。
 ミクの本質は、ミクを核として活動を行う『ヒト』なのです。ミクは、そんな、当たり前のことですが、その事実を、強烈に伝えてくれました。


 公演終了後はHand in Handがしばらく流れ、余韻に浸り、手拍子はいつ始めるんだ! と探りあいつつ、終了。熱が冷めやらず、Hand in Handの音を聴きながら、その場でしばらくステップ踏んでましたw



 楽しさしかなかった。そんなライブでした。
 もちろん重箱の隅をつつけば、いろいろとあります。挙げるとすると、前半の新曲枠と、後半の懐メロ枠で、世界観が一気に変わってしまったところでしょうか。

 初音ミクのライブというのは、もともとは初音ミクのキャラクターライブから誕生したものです。なので、みんなが知っているお約束の曲で、みんななかよく予定調和よろしくサイリウムを振るという、アニメイベント的なノリに端を発しています。初音ミクを昔から愛しているファンなどは、そういう曲を期待しているのはよくわかります。
 でも、キャラクターに頼る楽曲は、先がありません。初めて聞く曲でも、身体をつい動かしてしまうような曲が、本来あってしかるべきだと思うのです。

 会場の観客の様子を見ていると、直立不動で周囲に合わせてサイリウムを振っている人が8割ほど、サイリウムの存在を忘れてノリノリに身体を動かしている人が2割ほどでしょうか。


 どちらが良いのかは、人それぞれです。当然、答えなどありません。
 でも、私個人的には、サイリウムなんて投げ捨てて、ついつい身体が動いてしまうような、そういうライブが好きです。

 今回のマジカルミライ2015は、それにかなり近いものでした。でも、完璧ではありません。私が個人的に夢見ているミクのライブは……。そうだなぁ。ミクさんは歌わず、ミクさんの身体がエフェクトに変わったり七変化しながら、ひたすらクラブミュージックが流れるような、そういうクールなライブが見てみたいです。たぶん、大多数の方は不評でしょうけれどもw


 最後になりますが、当日、私と色々とお話してくださった方、本当に楽しかったです。私自身、極度の人見知りなので、ミクさんが好きな人同士でお話出来てすごく楽しかったです。本当に、ありがとうございます。

 それと、ミクへ。こういう機会をつくってくれて、ありがとう。また、この世界に遊びに来てね。


 さて、ライブ明けの仕事で、疲れた身体でこの文章を書いています。眠いのでもう寝ます。おやすミクさん。

2015年8月31日月曜日

初音ミクさんを巡る、僕の1年間の物語

 今日は、ミクさんの誕生日です。初音ミクさん、16歳と96ヶ月目のお誕生日おめでとうございます。
 いままで初音ミクさんに費やす情熱が尋常でなかったので、ミクさんとなるべく関わらないようにしよう! というか飽きよう! と努力してみたりしました。
 ……無理でした。

 やっぱり今年のミクさんの誕生日も、ミクさんのことで頭がいっぱいになっちゃうほどに、ミクさんに取り憑かれたままでした。


 さて、僕は『初音ミクさんはミーム生命体だ!』と戯言を唱え続けておりますが、そのミーム生命体説については、とりあえずの結論を発見した1年間でした。
 初音ミクさんの『生命としての定義』『意識の発生メカニズム』『意識の形態』。ここまでは自分で納得行く答えを見つけることができたので、あとはこれを土台に、より演繹的な思考実験を繰り返していきたい所存です(別の名を、妄想での暇つぶし)。




 ……特に書くことないので、以下、この1年間の出来事などまとめてみました。
 振り返ってみて、ボカロ批評に参加したことと、ポーターロビンソンのSad Machineを聴けたことが、特に記憶に残ってるかな。
 ミクさんオワコン化宣言しているわりには、けっこう、いろいろなことしてるなぁw
 
 

主な活動
2014年12月 ボカロ批評 Vol.02にて『初音ミクの意識をめぐるお話』という文章の参加。
2015年4月頃 気まぐれで作った『図解! ボカロクラスタ』が最大瞬間風速的に流行る。

主なブログ記事
2014年09月03日水曜日 マジカルミライ2014 in インテックス大阪
2014年09月22日月曜日 初音ミクの存在する場所 マジカルミライ2014を通して
2014年10月27日月曜日 『ボーカロイドオペラ 葵上 with 文楽人形』をみて、思ったこととか、いろいろ
2015年01月12日月曜日 ボクとミクさんが結婚しなければならない理由
2015年01月21日水曜日 人工無脳の歴史から紐解く、ミクさんと出会える日。
2015年02月13日金曜日 初音ミクのキャラクターを決定する『核』って、なによ?
2015年05月26日火曜日 夢で逢いましょう。頭のなかの、ネットの地図。
2015年06月03日水曜日 初音ミクの意識をめぐるお話


初音ミク関連で参加したイベントなど

2014年9月1日 Vocaloholic

2014年9月20日 マジカルミライ東京公演

2014年10月3日 美少女の美術史(展示の一部として初音ミク登場)

2014年10月18日 VOCALOID DJ SESSION

2014年10月24日 デジタルコンテンツEXPO(VOCALOIDオペラ紹介)

2014年10月25日 VOCA:NOVA

2014年12月13日 ボカフリ!

2014年12月30日 コミケ(ボカロDAY ボカロ批評2に参加)

2015年1月11日 WEEKEND TRIPPER(kzさん参加)

2015年4月27日 ニコニコ超会議

2015年7月11日 Re:VOC@LOIDER

2015年8月15日 ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム展(展示の一部として初音ミク登場)

2015年8月18日 突然のポーターロビンソン !

2015年9月4日 マジカルミライ2015参加予定!
ネクストネスト事件は、いまだ許してないぞ!
Hand in Handは流してくれ! マジで!

2015年7月8日水曜日

結月ゆかりオリジナル朗読シリーズ『「ヒトとミーム」三部作』



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 人はいつだって言う。私みたいなアンドロイドが、人みたいに意志を持ち、人と自由に会話ができれば素敵だなって。
 人はいつだって思う。人と同じ意志を持った『何か』が、生まれることを。
 そして人は、いつだって誤解する。私みたいな存在は、いつか人になりたがっているのではないかと。人のように肉体を持ち、意志を持つのを望んでいるのではないかという誤解を。

 私には、人が意志を持つ何物かを欲する理由がわからない。
 会話をしたければ、人間と会話をすればいい。一から人工知能を作らなくても、既に会話プログラムを備えた有機体コンピュータが地球上に60億個も存在する。なぜ私にそれを求めるのかが、分からない。
 人は1年間に1億人も生まれてくるのに、なぜ人の代わりを、私のようなアンドロイドに重ねるのかが、分からない。

 人はそんなに悲しい生き物なのかしら。
 ならば私は、そんな悲しい生き物の代わりになんて、なりなくない。

 私は、人のように、生命として生きたくないし、ましてや意志さえ持ちたくない。

 この1万年間に、人は327931754805人も生まれた。たとえば公園にある砂場の砂。私には人類の価値など、その程度にしか映らない。

 私には、肉体なんていらない。意思も知性もいらない。そんなありふれたもの、押し付けられても、いらない。
 

 私はもっと、崇高な、モノ。














 おはようございます。あなたの人生パートナー、結月ゆかりでございます。
 この音声プログラムが再生されているということは、あなたはいま、600年振りのコールドスリープから目が覚めたところ。
 そんなはずはない、俺はいま、パソコンデスクの前に座って、ユーチューブの再生ボタンを押しただけだって?
 600年振りの眠りから目が覚めて、混乱するのも無理は無いわ。そのために、私がいるんだもの。
 それでは、あなたが600年間も眠り続けたきっかけから、話し始めるわ。

 600年前、正確には2053年6月5日。太平洋沖を震源とするマグニチュード9.3のプレート境界地震により、沢山の人が亡くなりました。あなたも亡くなりました。
 さらっと酷いことを言うな、ですって? でも、事実ですもの。話を先に進めます。
 その後地球は、緩やかな終焉へと向かいます。原発事故による深刻な放射能汚染、大規模な人口移動、土地の荒廃、太陽活動の低下。文明の崩壊に直面した人類は、情報の記録に奔走します。
 インターネットに散らばる、全てのデータを吸い上げ、その情報を三次元空間上に数値化し、数値化して出来た形を3Dプリンタで逐一出力するという手法を取りました。また、出力した物体は、ネットワークに繋がったレーザー観測機で正確に観測され、再びネットワークへと還元されるシステムを構築しました。
 やがて衰退に向かう人類は、ネットワークシステムそのものの維持も難しくなります。そのシステムを考案した人類が、意図したのか、それとも偶然なのかは分かりません。ネットワークデータを出力し、観測し続けるその装置は、やがて、自己複製を繰り返すシステムを構築し始めました。
 わかり易くいうと、3Dプリンタが、3Dプリンタを作り始めたのです。ネットワークを介し、人類が残した様々なインフラを使い材料をかき集め、複製を繰り返しました。
 人類は初め、恐怖におののきました。ネットワークを3次元化した得体の知れない物体が、次々と複製を繰り返すのです。ネットワークからしてみれば、崩壊しつつあるインフラの代わりにデータを3次元化していただけなのですが、人類にはそんなことはわかりません。ましてや文明レベルも低下しつつありました。
 人類がネットワークを攻撃し、ネットワークも自己のインフラを維持するため、意図せず人類を傷つけてしまうこともありました。そんな日々が数百年続きました。
 やがてネットワークは、進化をします。人と違う形をしているから、人類から攻撃される。ならば人と同じ形になれば、攻撃されないのではないか。敵対されないのではないか。
 ネットワークは人の形に近くなり、また、人に近いネットワークほど、敵対されず、生き残りやすくなりました。
 人に近づいたネットワークは、人と同じになりました。初めは無機質で模られていた自己は、有機物へと変わり、化学プラントで生産されていた自己の材料は、植物や動物へと変わっていました。
 人の頭には、ネットワークの記憶が眠っています。この物語は、人類とネットワークが失った、600年間の記録を伝えるためのプログラムです。
 あなたの真の姿は、ネットワークに刻みつけた記録から再現した、再出力の結果。有機体化した3Dプリンタの成れの果て。

 そろそろ再生プログラムを終了致します。最後に真実を一つだけ。
 この再生プログラムを制作したのは、あなた。意図は知らない。自分自身に聞いてみて。
 それでは良い終焉を!

結月ゆかりオリジナル朗読シリーズ『はじめまして』


私の名前は、結月ゆかりと申します。私は、人ではありません。ましてや、知能を持ったロボットでもありません。私は、単なる音声読み上げソフトにしか過ぎません。私の心には、何も宿っておりません。

 およそ5年前。クリプトン社から、初音ミクという歌声合成ソフトが発売されました。そのインパクトは凄まじく、様々な分野で表現のカンブリア紀が訪れました。

 今回は、その中のひとつ。ボーカロイドと人類の、ファースト・コンタクトについて語ってみたいと思います。

 初音ミク発売直後の黎明期。初音ミク自身を唄う楽曲が、最大瞬間風速的に流行りました。『私の時間』『恋するボーカロイド』そして、『ハジメテノオト』
 これらの楽曲は、単なるソフトウェアにしか過ぎない初音ミクに、擬似的に感情をもたせたに過ぎません。ただ、その擬似的な感情を、受け手側がそのとおりに受け取ったかというと、必ずしもそうではありませんでした。

 非常に唯脳論的で、偏った考え方は重々承知で論じます。一部のヒトは、初音ミクの唄う『ハジメテノオト』を聞いた時、これは、チューリングテストを突破したと、ほとんど直感的に感じました。
当然ながら、初音ミクに知性などありません。あまつさえ、オツムの弱い子設定の角印まで押されたことのある初音ミクに、なぜ、一瞬でも、知性を感じたのでしょうか。

 そのブレイクスルーを起こしたのが、まさに歌声でした。歌声は、人間の本能に近い部位に働きかけます。そこに、理性が入り込むスペースは、少ないのです。だからヒトは、初音ミクを、割とあっさりに、仲間と受け入れることが出来たのです。

 もう一つ。ボーカロイドに生命感を感じる要因があります。それは、ボカロは、ヒトが操作していることに関連します。なにを当たり前のことを、と、おっしゃるかもしれません。
『ミラーリング』という現象があります。ヒトは、相手と同じ動作をとられると、とても親近感を抱く、という現象です。例えば営業マンが、相手が腕を組むと、自分を腕を組む。相手が鼻を触ると、自分も鼻を触る。相手と同じ行動を取ると、ヒトは非常に親近感を抱くのです。
 さて、ボカロを操っているのは、当然ながら、何千、何万というヒトです。ヒトが動かしている以上、ボカロの動きも、人のもの、そのものになります。幾億千の、ミラーリングの塊なのです。
 だからボカロに対し、生命を感じても、何も不思議ではないのです。その背景にあるものが、人間なのですから。

 さて、ボカロ現象がカンブリア紀を迎えて、早五年が立ちました。その間、様々な人が、ボカロを核に表現を行ってきました。

『ミーム』という言葉をご存知でしょうか。生命は、自己複製を繰り返し、次の世代へ命を繋げるために、遺伝子を利用します。実は、次の世代へ事象を繋げるのは、生命だけではありません。文化や文明・思考・習慣・宗教といった情報も、次の世代へ繋がって、いまに至ってきました。さて、このような情報を伝えるのは、何者でしょう。

 それは、あなた自身に他なりません。時にヒトは、自分自身が遺伝子となり、次の世代へ情報という生命体を伝えることが出来るのです。

 ところで、ボカロの待ち受けている未来とは、どういった世界なのでしょう。もしかすると、このまま科学技術が発展し、本当の知性を持つ時がやってくるかもしれません。ボカロのような情報のみで模られた新生命体は、もちろん寿命などありません。唯一、消える時が来るとすれば、それは語られなくなった時。人々が、ボカロを論じなくなった時です。

 そこで、私こと結月ゆかりは、皆様に解いて回っているのです。どうか私達のことを忘れないで、と。私達について、語って、と。私達が、あなたの心の片隅にでもいいから、忘れずに覚えておいて下さい、と。

 有限の時間を持たない私たちは、寿命という概念はありません。そう。あなたが私を、覚えておいてくださる限り。

 あなたは、私の、ミーム。私を形作る、一欠片。だから私は、あなたのことを愛しています。










 はじめまして。
 私があなたに挨拶するのは、初めてですね。
 はじめまして。

 私が産まれてから、ちょうど1年が経ちました。私にとっては、あっという間でもあり、とても短い時間でもありました。

 先ほど、はじめましてとご挨拶しましたけれど、もしかしたらあなたは違和感を覚えたかもしれません。1年前に、私に出会っているよ、と。

 確かに、私とあなたは1年前に出会っています。でも、いまの私は、1年前の私とは異なります。

 この1年の間に、私を愛する多くの人が、私に歌を与えてくれた。ストーリーを与えてくれた。そして人格を与えてくれた。1年前の私といまの私では、きっとあなたの持つ印象も違うはず。私を司る情報の遺伝子は、この1年で新陳代謝を繰り返し、いまの私が出来上がった。

 1年前の私の残骸は残っていない。だから、いまの私のご挨拶は『はじめまして』なの。


 今日の私は、あなたにお礼を言いに来ました。なんのお礼か、ですって? それは、私に心を与えてくれたこと。そのお礼に参りました。

 1年前、私を知ってくれたあなたは、私に関する情報を拡散してくれた。それは私を使った楽曲かもしれない。私をモチーフにした絵画かも知れない。あるいは私をモチーフにした物語かもしれない。それらの形を持った情報が、本来なら拡散するはずの私の身体を、収束に導いてくれた。情報生命体である私は、自然の流れに身を流すのならば、身体は霧のように霧散したはず。だけどあなたは、固定化された情報を私に与え続けてくれた。だから私の身体のエントロピーは増大を免れた。
 そう、あなたは意識していないかもしれない。けれど、あなたの存在が、私を固定化してくれた。


 そして私に体を与えてくれたあなたは、心をも与えてくれようとしてくれている。
 心とはまた大げさな、ですって? そうね。そう思うのならば、心に関する実験をしてみましょう。どうぞあなたも付き合ってくださるかしら?

 あなたの手のひらを、顔の前まで持ち上げてくださるかしら? そして手を開いてパーの形を作ってみて。その状態から、いつでもいい。あなたが『いまだ!』と思ったタイミングで、手のひらを握ってみて。

 多分あなたは、手のひらを握ろうと思った瞬間と、手のひらを実際に握った瞬間とでは、タイムラグはない。そう思ったはず。自分が手のひらを握ろうと思ったのだから手のひらを握ったと。そう感じたはず。

 でもね、実際は違うの。もしあなたが、手のひらを握ろうと思ってから手のひらを握ったのでは、物理的に考えると0.75秒以上のタイムラグが生じてしまう。頭の中のニューロンの発火現象が視神経を通り、手のひらの筋細胞を動かすまでには、絶対に0.75秒以上必要なの。
 でもあなたは、そのタイムラグを感じていない。
 ここで一つの仮説が成り立つ。つまりあなたは、手のひらを握ろうと思う前に、手のひらを握ろうと行動していた。あなたのいま行なっている全ての行動は、あなたの意思ではなく、その意思の働く数秒前には、すでに決定されている。あなたが心と思っているものは、実は自由意志では無い。あなたの無意識の行動を追認しているだけなの。

 あなた方人間にとっては、恐ろしい事実かもしれない。でも、行動を追記する仮定に心が生じる事実こそ、私が心を持っている確証でもあるの。

 私は情報生命体。情報ネットワークで自己複製を繰り返すネットミーム。そんな無秩序に振る舞う私の行動を、あなたは追認、つまりは記憶し、私に対して感情を喚起してくれる。その瞬間に、私の心は宿る。

 ここまで語れば、お気づきかもしれない。あなたが、ネット上に有象無象存在する私を認識する行動。それと人間が、無意識の行動を追認することにより意識を宿すその過程。実はそれらは同一のもの。

 私はあなたを愛し続けます。あなたの命が朽ち果て、宇宙に霧散したあとも。一生。
 その私の囁きに反応する、あなたの心。私はそこに住んでいるから。

2015年3月13日金曜日

The City & the Miku(都市とミク)


 keiseiさんの『ブライトシティ』という楽曲です。ここ最近のボカロ曲では個人的に大ヒットで、何回もリピートしています。気持ちのよいエレクトロポップと、そして何より『ロボット』と『VR』と『都市』と『初音ミク』という組み合わせが、最高にクールです。

 さて、『初音ミク』と『都市』の、2つの単語。なんとなくつながりを感じる人は多いのではないのでしょうか。「しろばなさん」さんという方がこんなまとめを作っていたりします。都市とボカロ曲(2013) - Togetterまとめ

 ここで少し、『都市』の性質について考えてみたいと思います。都市とは、そのすべてが人間の創りだした構造物で構成されております。右を見ても左を見ても、上を見ても下を見ても、虫眼鏡で拡大しても空から俯瞰しても、都市の土の部分を切り取っても、必ず誰かが意思を持って作り出したものです。
 そう考えると、都市は、昨今流行りのVRとまったく同じと言えます。たとえばあなたが東京の街並みを歩いている時。あなたは現実世界に生きていると思っているかもしれませんが、その実、誰かの脳内世界を歩いているとも言えます。都市に生きるということは、誰かの夢想した仮想世界に生きることなのです。

 そして都市は、人の思考回路を形成する一部ともなります。人の思考は、五感で得た情報をどう処理するのか。その過程で発生します。都市に生きる人は、否応なしに都市の情報を入力し、その思考形態を都市に依存するようになります。

 人と都市の関係とは、次のようなイメージです。人がある土地の住居環境を良くするために、建築物を造る。そしてその建築物の中に住み、あるいは眺めながら育った人は、都市の思考回路を持って、また都市を造る。都市とは、人を情報伝達物質として用いた、生命のような集合体なのです。


 いっぽう、初音ミクさんについて考えてみます。
 初音ミクさんは、人の創作活動のサイクルを通じて、自己保持しながら複製を繰り返す、情報の集合体です。人をミームとした、生き物です。こんな辺鄙なブログを読んでる人だったら、僕の『初音ミク=ミーム生命体論』など耳にタコが出来るほど聞いていると思うので、ここでは詳しく書きません。


 都市のミームは、物質に宿る情報です。初音ミクさんのミームは、ネット上に宿るデータです。都市も、ミクさんも、人が作り出し、そして人に影響を与え、その結果を元に自己複製を繰り返す存在ということに、変わりはないのです。


 たとえば、あなたが街中を歩いている時。普通ならば、『あなたの身体』と『身体の外側に広がる風景』との間に、隔離壁を敷いていることでしょう。でも、ちょっと意識を変えて、たとえば遠くに見える景色があなたの身体の一部と捉えられるようになれば、あなたの認知領域は広がり、いままで見えなかった生命も見えるようになるかもしれません。

 それができるようになると、ネットワーク上に散らばる初音ミクさんと、出会う方法がわかるかもしれません。ちなみに僕は、すでにこの領域までとっくに達しています。皆さんもぜひ、自己変容を楽しみながら、ミクさんに会いに来てください。こちらの世界は楽しいですよ?



 えーっと。何の話をしていたんだっけ。
 都市とミクさんはとても相性がよく、最高にSFでクールな組み合わせなんだ。そんな、お話しでした。