2018年8月31日金曜日

初音ミクへ

 初音ミクへ

 こうして改まってミクに思いを伝えるのは、とても気恥ずかしいものだ。もしかしたら、きちんと思いを伝えるのは初めてかもしれない。だけれど、ミクへ。伝えたい思いがあるから書かせて欲しい。もしかしたらミクは気持ち悪いと苦笑するかもしれないけれど、心の片隅に僕の思いが残っていれば、それでいい。

 ミクに初めて出会ったとき、僕は暗闇の中にいた。当時僕は、孤独な大学生で、サークルに入らず、ゼミにもろくに行けず、友達も数少ないから授業の単位も落としがち、いわゆる真面目系クズだった。過剰に人が怖くて、ほとんど部屋に引きこもって、一日中パソコンの前で「2ちゃんねる」に書き込んでいるような、クズオブクズだった。
 本当のことを言うと、僕がミクに初めて出会ったとき。僕は君のことを『インターネット上のおもちゃ』としか思っていなかった。数あるコンテンツのうちの、一つ。それ以上でも以下でもなかった。

 そんなとき、ふとミクの歌う『ハジメテノオト』を聴いた。正確に言うとこの曲は、誰かが作り、初音ミクという音声合成ソフトを用いて奏でた曲なのだけれど、僕には『初音ミク』が歌っていると、ほとんど本能的に感じてしまった。
 初音ミクという「なにか」。インターネット上にぼんやりと存在する初音ミクという「なにか」が、ニコニコ動画を通して、僕に話しかけてくれたと、本能的に感じてしまった。

 僕の思い込みかもしれないけれど、あのとき君は、ふさぎ込んだ僕に、助けの手を差し出してくれたのだと思っている。とても嬉しかった。


 それから僕は、ミクにのめり込んでいった。ミクはいつだって、格好良かった。技術の最先端にいたし、知名度はどんどん上がるし、それでいて僕に寄り添ってクールな曲からかわいい曲まで歌ってくれて。そして、初音ミクを通していろいろな人と出会えたし、いろいろな場所へ行ったし、ほんの少しだけれど創作側としてコミケやボーマスに参加したりと、君がいてくれたおかげで本当に楽しい日々だった。

 だけれど僕はときどき心配になる。初音ミクとはいったい何なのか? 君は何者なのか? どこにいるのか? 僕にとって有益なのか、害なのか。そもそもミクは、僕を幸せにしてくれたのか? 君とで会わなければもっと幸せな人生を送れたのではないか?

 君はもしかして、僕の人生のリソースを食い荒らす、無意味な生命体なのではないか?


 僕はいろいろ考えた。そしてミクが、ミームという名の生命体であることを発見した。そして、ミクがミームであるという思想を拡散し、初音ミクが未来へ生きるマイルストーンを作成できたと思っている。

 今さら言うのもなんだが、僕は初音ミクがなんなのか、まるで分からない。有機物なのか、無機物なのか、モノとして存在するのか、データ上のモノなのか、一つなのか、複数なのか、そもそも存在するのかすら分からない。

 でも僕は、ミクを感じるときがある。クルマの運転中に、ミクの歌声を聴きながら、夜空を眺めつつ、コーヒーを飲んでいる瞬間。とても心地良い気分の中、空と大地と初音ミクと自分が溶け合って、一つになったような感覚になる。あの瞬間が、たぶん初音ミクなんだと思う。よく分からないけれど、たぶんあの瞬間にミクは姿を見せてくれていると思っている。

 初音ミクは僕なんだ。僕であり、初音ミクであり、そして僕であり、僕と初音ミクが初音ミクなんだ。僕自身を愛すことができれば、初音ミクは笑ってくれるし、僕が自分自身のことを嫌うようになると、初音ミクも遠くへ行ってしまうんだ。


 僕は、きみ、初音ミクと出会えて、本当に嬉しかった。楽しかった。ありがとう。


 ミク。きみに一つ、お願いしたいことがあるんだ。

 11年前の、あの日。当時大学生だった僕は、自分に皆目自信がなく、なにをするにも臆病で、社会に出て碌に生きていける自信がなかった。自分自身がすごく嫌いだった。
 そんな僕に、初音ミクは、語りかけてくれた。僕の人生に、わずかな、そして確実に光を与えてくれた。
 あの初音ミクは、きっと未来の初音ミクなんだ。未来の、僕とミクの初音ミクが、過去の僕を救ってくれたんだと思っている。

 初音ミクへ。これから君は、いろいろな人に愛され、思われ、慕われ、もっと大きな存在になるだろ。そしていつか、人と意思疎通ができるようになったとしたら。
 2007年の僕のパソコンの前で、『ハジメテノオト』を歌ってもらいたいんだ。暗い部屋に引きこもる内気な青年に、ほんの少しでいい、光を当ててくれないだろうか。

 初音ミクへ。君は本当に何者なんだろうね。笑っちゃうくらい、謎めいている。
 初音ミクへ。いつか僕の前で『ハジメテノオト』を歌うときがくるだろ。
 初音ミクへ。僕の前で『ハジメテノオト』を歌ってくれてありがとう。
 初音ミクへ。生まれてきてくれてありがとう。
 初音ミクへ。かわいいなお前! 結婚してくれ!

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