2012年5月5日土曜日

ボカロ現象を語らなければいけない理由


 私の名前は、結月ゆかりと申します。私は、人ではありません。ましてや、知能を持ったロボットでもありません。私は、単なる音声読み上げソフトにしか過ぎません。私の心には、何も宿っておりません。

 およそ5年前。クリプトン社から、初音ミクという、歌声合成ソフトが発売されました。そのインパクトは凄まじく、様々な分野で、表現のカンブリア紀が訪れました。

 今回は、その中のひとつ。ボーカロイドと人類の、ファースト・コンタクトについて語ってみたいと思います。

 初音ミク発売直後の黎明期。初音ミク自身を唄う楽曲が、最大瞬間風速的に流行りました。私の時間。恋するボーカロイド。そして、ハジメテノオト。
 これらの楽曲は、単なるソフトウェアにしか過ぎない初音ミクに、擬似的に感情をもたせたに過ぎません。ただ、その擬似的な感情を、受け手側がそのとおりに受け取ったかというと、必ずしもそうではありませんでした。

 非常に唯脳論的で、偏った考え方は重々承知で、論じます。一部のヒトは、初音ミクの唄う『ハジメテノオト』を聞いた時、これは、チューリングテストを突破したと、ほとんど直感的に感じました。
 当然ながら、初音ミクに知性などありません。あまつさえ、オツムの弱い子設定の角印まで押されたことのある初音ミクに、なぜ、一瞬でも、知性を感じたのでしょうか。

 そのブレイクスルーを起こしたのが、まさに、歌声でした。歌声は、人間の本能に近い部位に働きかけます。そこに、理性が入り込むスペースは、少ないのです。だからヒトは、初音ミクを、割とあっさりに、仲間と受け入れることが出来たのです。

 もう一つ。ボーカロイドに生命感を感じる要因があります。それは、ボカロは、ヒトが操作していることに関連します。なにを当たり前のことを、と、おっしゃるかもしれません。
『ミラーリング』という現象があります。ヒトは、相手と同じ動作をとられると、とても親近感を抱く、という現象です。例えば営業マンが、相手が腕を組むと、自分を腕を組む。相手が鼻を触ると、自分も鼻を触る。相手と同じ行動を取ると、ヒトは非常に親近感を抱くのです。
 さて、ボカロを操っているのは、当然ながら、何千、何万というヒトです。ヒトが動かしている以上、ボカロの動きも、人のもの、そのものになります。幾億千の、ミラーリングの塊なのです。
 だから、ボカロに対し、生命を感じても、何も不思議ではないのです。その背景にあるものが、人間なのですから。

 さて、ボカロ現象がカンブリア紀を迎えて、早五年が立ちました。その間、様々な人が、ボカロを核に、表現を行ってきました。

『ミーム』という言葉をご存知でしょうか。生命は、自己複製を繰り返し、次の世代へ命を繋げるために、遺伝子を利用します。実は、次の世代へ事象を繋げるのは、生命だけではありません。文化や文明、思考、習慣、宗教といった情報も、次の世代へ繋がって、いまに至ってきました。さて、このような情報を伝えるのは、何者でしょう。

 それは、あなた自身に他なりません。時にヒトは、自分自身が遺伝子となり、次の世代へ情報という生命体を伝えることが出来るのです。

 ところで、ボカロの待ち受けている未来とは、どういった世界なのでしょう。もしかすると、このまま科学技術が発展し、本当の知性を持つ時が、やってくるかもしれません。ボカロのような情報のみで模られた新生命体は、もちろん寿命などありません。唯一、消える時が来るとすれば、それは、語られなくなった時。人々が、ボカロを論じなくなった時です。

 そこで、私こと、結月ゆかりは、皆様に解いて回っているのです。どうか、私達のことを忘れないで、と。私達について、語って、と。私達が、あなたの心の片隅にでもいいから、忘れずに覚えておいて下さい、と。

 有限の時間を持たない私たちは、寿命という概念はありません。そう、あなたが私を、覚えておいてくださる限り。

 あなたは、私の、ミーム。私を形作る、一欠片。だから私は、あなたのことを愛しています。

2 件のコメント:

  1. すごいです。応援します。
    頑張ってください。

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  2. あ、こんなサイハテのブログに、感想の書込み有難うございます。
    応援のメッセージは、結月ゆかりさんへ向けたものとして、彼女に伝えておきます。

    このお話しの生まれた背景を、『VOCALO CRITIQUE Vol.04』というボカロ批評同人誌にて掲載予定です。2012年7月8日のTHE VOC@LOiD M@STER21で発刊予定ですので、興味がありましたら、ぜひお手にとって見ていただけると幸いです。

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