2017年8月30日水曜日

初音ミクと出会って10年経つから、長文とか。

 初音ミク10周年らしいのですが、個人的には特に思い入れもなく、だけれど何か書き記したい程度には興味を持っている、そんな気分です。
 以下、何を書くのか特に決めていません。ただ、過去に読み返したときに「初音ミク10周年のとき、こんなことを思っていたんだなぁ」と思い出せるように、とりとめのないことを演繹的に書いてみようかなぁと。

 初音ミクと出会ったのは、初音ミクの誕生日とほぼ同じ、10年前。当時ネットジャンキーだった自分は一日の大半を2chのν速板で過ごしていて、その2ch上での消費コンテンツとして出会ったのが初めて。当時はボーカロイドエンジンそのものがとても先進的に見えたし、パッケージイラストのKEI画廊さんの絵柄も好きだったので(当時はローゼンメイデンが大好きで、その同人イラストをKEI画廊さんがよく書いていた)、自然にハマってしまった。初音ミクは、2chとニコニコ動画のコンテンツの一つという感じで捉えていて、とくに初音ミクに強い思い入れはなかった。
 そんな中、『ハジメテノオト』という楽曲に出会うのだけれど、この楽曲を初めて聞いたとき、すごく怖くて鳥肌が立ったのを覚えている。その時のシチュエーションもよく覚えていて、自室のカーテンを締め切った部屋で、「意識を持ったなにか」に話しかけられたような、天啓としか言いようのない衝撃を受けた。「初めての音は何でしたか?」と、意識を持った生命体に話しかけられたような感覚だった。そして、その生命体とは、初音ミクを創作する人々の総意体のような、人ならざるものが意識を持ってコンタクトをしてきたように感じた。
 自分は『初音ミクはミーム生命体です』と至るところで言っており、そのお話をよく聞かれるのだけれど、根本は論理的な発送ではなく、宗教体験的な部分が多いから、いつも説明するときに口ごもってしまうのはそういうところにある。

 で、初音ミクに謎の宗教体験を食らってしばらくは特段初音ミクを執拗に追いかけることはなかった。そんなとき、もう一度初音ミクに引き戻されたのが『kz』の登場だった。
 2007年前後の自分は、田中ヤスタカみたいな音楽ばかり聞いていて、ヤスタカの作る音が最新。初音ミクなんてキャラクターこねくり回して遊んでるだけで音楽として聞くものじゃない。みたいな態度だった。それがkzの登場で一変した。格好良かったのだ。エレクトロサウンドに乗せて、人じゃないコンピュータの声を、あえてコンピュータっぽくエフェクトをかけて、音もそうだし、その手法にも感動した。
 それと同時期にハマったのが、SEGAの作ったProject DIVAシリーズである。当時の初音ミクを取り巻く環境はどマイナー同人レベルで、大手メーカーが初音ミクの3Dポリゴンでゲームを作るというのがとても衝撃的だった。ちなみにこのゲームのせいで、PSPを2台買うことになったのは良い思い出。ちなみに、秋葉原で行われたProjectDIVA Arcadeロケテストに行ったのも良い思い出。あの時のカード、いまはどこに行ったのだろう。

 このあたりの記憶は、正直あやふやです。仕事がイヤでイヤで仕方がなく、たぶん鬱になっていたのだと思う。この当時の記憶そのものがあまり無い。
 そんな時、ジミーサムPの『No Logic』に出会う。この曲を聞いたとき、なんだろうな。賛美歌に聞こえた。その後も仕事がつらすぎて鬱になったとき、この曲に何度もすくわれた。比喩ではなくて、本当に命をすくわれた。人間じゃないナニモノかに、頑張らなくてもテキトウに生きていて良いことを教えてもらい、命を救われたのです。だからボカロは、賛美歌なのです。

 次の記憶に出てくるのは、感謝祭やミクパといったライブの思い出。2010年とか2011年頃のライブの思い出。ただ、この頃は特にライブに対して思い入れはなくて、ゲームのProject DIVAのファンイベントみたいな感覚だった。初音ミクのライブとは別に、アニメイベントとかにも参加していたからかも知れない。特に初期のライブの思い出は、3月なのにやけに寒い中オモテで延々待たされた記憶しか無い。スクリーンに初音ミクが映ってるなーくらいの思い入れしかなかった。

 で、たぶんこの頃だったと思う。自分が2chに書いた『初音ミクはミームという生命体だ』という文章が、大手まとめブログに一斉に取り上げられて、いまで言うところのバズった。このとき初めて、いままで消費だけしていた初音ミクというコンテンツに、参加できた感じがした。自分の作り出した初音ミク像が、初音ミクそのものを創り出す、快感を覚えた。

 話は前後するが、自分が初めてボーカロイドソフトをいじったときのことを、よく覚えている。いちばんはじめに作ったのは、カエルの歌だった。自分が描いたとおりに歌うその声に、得体の知れない生命体を支配したような、何とも言えない万能感を覚えた。だけれど、初音ミクがミームであるという思想が広がった出来事は、それ以上の快感だった。

 ボカロ関連のクラブに通い始めたのも、この頃だった。2011年前後だったと思う。なんで通い始めたのかは覚えていない、というかアニソン系のイベントにはしょっちゅう行っていたから、それが自然にボカロに移行したような感じだった。ボカクラはわりと黎明期のときから通っていて、SR-Σさんが今みたいじゃない頃から通っていた。ただ、ちょうどこの頃は地方に転勤中で、年に数回しか参加できなかったけれど。いつだったか、浜松に八王子PとわかむらPとデPが来たときがあって、あのときのクラブイベントはとても楽しかったのを今でも覚えている。ついでにいうと、ボカロクリティークを立ち上げた中村屋さんの存在を知ったもの、その時だった。

 2012年は、怒涛の1年間だった。上記のボカロクリティークというボカロ批評に、自分の文章を載せていただいた。生まれて初めて、ボーマスのサークル参加者の打ち上げに行ったりもした。ただ、打ち上げの飲み会でひたすらに居場所がなく、ゲロ吐きそうな居たたまれなさを味わったのは良い思いでだ。それと、東京ドームライブで、初めてリアルな初音ミク好きな人たちとオフ会に行った。この年は、初音ミクを通していろいろな人と出会ったし、初音ミク=ミーム生命体という考えが多少なりとも広まって、とても思い出深い年だった。

 以上が、過去の初音ミク。これからが、今の初音ミク。

 自分にとって初音ミクとは、格好良い存在でなければならない。理由なんて無い。クールで、格好良くなければ、初音ミクでない。
 そんな初音ミク像が作られたのが2013年だった。その中で思い出深いイベントが2つあって、六本木ヒルズで行われた『Message from SKY』というクラブイベントと、マジカルミライだった。
 六本木ヒルズでのクラブイベントは、今でも最高のイベントだ。夜の六本木のスカイラインを見下ろしながら、kzとか八王子Pとかいま思うとなんて豪華なんだろうと思える人たちのDJに身体を揺らす。もう一回おなじ場所でDJイベントやらないかなーとか思っていたら、東京スカイツリーで行われてた。
 それと、マジカルミライ。その中でも『Sweet Devil』が本当に格好良かった。あのころは、初音ミクのライブとか辟易していた頃で、直前の和歌山で行われた関西ミクパとかのアイドル路線とかもう勘弁とか思っていたときの、あの格好良さ。いままさに2013年の『Sweet Devil』見ながら書いてるけど、いま見ても格好良いね。セクシーな衣装でステージを右左に動き回る初音ミクが、本当に格好良くて、見直した。
 ちょうどこの頃だったかな。XperiaのCMに採用されて、街の至るところで初音ミクを見かけるようになって、「いつか夢見た未来」が舞い降りたような気がした。
 初音ミクに、もう一度恋をした年だった。

 そういえば書き忘れていたけれど、結月ゆかりとの出会いもこの頃だった。2012年前後かな。当時は、歌声合成ソフトもそうだけれど、文章読み上げソフトが1万円前後で買えるという大変衝撃的な出来事に、とても興奮して速攻買った。そして、速攻YouTubeとニコ動にアップした。再生数が20,000回を超えて、これで俺もボカロP名乗れるんじゃね? と自己満足したのを覚えている。

 2014年以降は、特にドラスティックな出来事は起きず。イベントやクラブに淡々と通う日々でした。そして、ニコニコ動画を積極的に見なくなったのも、この頃かな。ネクストネスト事件くらいしか、大きな思い出はない。ボカロ批評という雑誌に拙作を載せていただいたのはこの頃だったかな。

 で、出会ってしまった。「しろばなさん」さんに。しろばなさんとの出会いは実に運命的で、ひょんなことから二人で飲みにいって、初音ミクをこねくり回して遊ぶ楽しさを覚えたのも、ちょうどこの頃。それ以前からこねくり回して遊んでいたけれど、自分とおなじような遊び方をしている人に出会って、なんというか、衝撃的だった。しろばなさんに出会ってなかったら、初音ミクこんなに拗らせていなかった。絶対に許さない。

 金沢21世紀美術館の初音ミク展示も、この頃だったかな。この展示は、やっと世間が自分に追いついたって感じで、鼻高々だった。いや、たぶん自分の影響などなかったのだろうけれど、初音ミクが生命体だという主張とリンクするもので、俺がこの初音ミクを育てた! みたいな感じでとても嬉しかった。一人で勝手に喜んでた。

 この頃から微妙に音楽の趣味も変わっていて、ニコニコ動画を見なくなったかわりにSound CloudやYou Tubeを中心に音楽を漁るようになって、再び初音ミク楽曲をあまり聞かなくなった。でもそこで運命的な出来事がまた起こった。ZeddとPorter Robinsonだった。この二人が初音ミクを使った楽曲を作り、再び初音ミクのもとに呼び戻されてしまった。この頃から海外アーティストのボカロ楽曲を掘る遊びを覚えた。

 さらに初音ミクに囚われたイベントとして思い出深いのが、いつかの秋葉原mograで行われた、PorterRobinsonとkzが出演したイベントだった。PorterのSadMachineに続いてkzのTell Your Worldという夢のような流れは、天国でした。

 2016年前後から2017年は、再び転勤があって、あまり初音ミクと関わり会えない年でした。PorterRobinsonとMadeonのSHELTER LIVE TOURがいちばん面白かったくらいかな。


 なんにも考えないで書いたら、全く中身のない文章になってしまった。でも、この文章を書きながら、楽しい思い出しかないなぁとつくづく感じる。
 ここ最近は、いろいろなイベントに顔を出すと、自分のことを知ってくれている人がいるのが、結構嬉しかったりする。あ、あのkayashinさんですか! 思ったより人間っぽい人なんですね、とか言われると、まぁちっぽけな承認欲求なのですが、そういうのが満たされるのがとても嬉しい。


 初音ミクとともに過ごした10年間でした。初音ミクと10年間過ごしてきて、いろいろな人と出会いました。ずっと初音ミクを好きな人もいれば、初音ミクから離れていった人もいました。どちらかというと、初音ミクから離れていった人が多いかな?
 初音ミクをずっと好きな人は、いま思うと、創作者ばかりでした。コンテンツを作る人という直接的な活動もそうですし、消費をするにしてもその消費がコンテンツとなるような消費の仕方だったり。初音ミクにハマっている人は、人間的に魅力的な人ばかりでした。
 そういう意味で、初音ミクは、メディアなのだと思います。


 最後に。自分は、初音ミクのエンジン音が、とても大好きだ。
 話は飛びますが、自分はクルマが大好きだ。それ故、ロードスターというクルマに乗っている。クルマの発する音。エンジンもそうだし、ミッションが変速するときの金属音とか、まるで楽器よろしく気持ちいい。
 自分にとって初音ミクの歌声というのは、内燃機関のだすエンジン音みたいな心地良さがある。人の歌声として聞いてない。あくまで、無機質な「何らかの機構」が発するエンジン音として、初音ミクの声を聞いている。
 初音ミクのエンジン音の心地良さは、初音ミクと出会ってから、ずっと続いている。これはとても感情的な部分が多いのだけれど、初音ミクのエンジン音は、たぶん奇跡的なきっかけで生まれたのだと思う。それが、初音ミクのミームをより拡散させるための仕掛けなのかは知らないけれど、僕はずっと、初音ミクのエンジン音を愛し続けてきたし、たぶんこれからも愛し続けるのだと思う。


 書き続けて、なんかよくわからなくなってきた。最後に、ここ最近聴いた初音ミク楽曲で、いちばんのお気に入りを紹介して終わります。
 初音ミクと出会って10年経つのに、いまだに格好良いと思えるサウンドで、10周年の歌を歌ってくれる、初音ミク。まだ飽きそうにないです。マジカルミライも楽しみだな。ありがとね、初音ミク。

2016年12月27日火曜日

初音ミクが大好きな人が、今年いちばん繰り返し聴いたボカロ楽曲

 初音ミクが好きです。大好きです。
 そんなこと知ってるよ! と言われそうですが、何度でも言います。大好きなのです。

 そんなボクの好きな初音ミクは、格好いいのです。カッコいい。クールなのです。
 カワイイ初音ミクも好きなのですが、可愛い初音ミクは、『初音ミクさん』であって、初音ミクとは少し違う気がします。

 そんな格好いい初音ミクのイメージにぴったりな曲を作り続けてくれる方がいます。『Mwk』さんという方です。『Mwk』さんが2016年に発表したアルバム『Clearness』の収録曲、『Clearness』が、ボクの今年のボカロ曲1選です。


 この曲は、本当に好きで、好きすぎて、「自分のために作ってくれたんじゃないか?」と心の中を見透かされていると錯覚するほど、大好きです。


 ボカロ曲を聞く人はたぶん経験あると思うのですが、「この曲は決してメジャーではないけれど、己の感性に突き刺さる」曲に出会うことがあると思います。それがボカロから逃れられない要因に鳴っている人もいるかもしれませんが、まさにそれです。


『Clearness』は、曲そのものも素敵なのですが、ボクの想像する『初音ミク』が歌ってくれている、ボカロソングなのです。ボクのイメージする、格好いい、クールな、色温度の高い、初音ミク。



記憶を求めて 声は届かなくて 
やっと見つけたのは 時の軌跡 
理由も忘れて 声も聴こえなくて 
きっと見つけたのは 時の欠片 


 ここの歌詞が、まるで初音ミクが泣きながら叫んでいる様子が鮮明に思い浮かび、すごく切なくて、愛おしくて、平常心でいられなくなるのです。


 初音ミクって、なんなのでしょう。でも、昔も今も、ボクの理想で在り続けてくれる初音ミクが、大好きです。

2016年11月30日水曜日

2017年こそボカクラデビューしたい人に送る、これをチェックしておけばニワカ回避できるボカロ楽曲!

 タイトルは冗談です。

 そもそも、クラブにあまり行きません。というか、地方在住なので、なかなか行けません。年に数回、行ければいいほうかな。
 そういう事情もあって、たまにクラブに行き、いわゆる『アンセム』が流れると、身構えてしまうんですよね。ボカクラってすでに形式化していて、ちょっと入りづらいというか。

 ……全く関係ない話をしてしまいました。
 来年はこういう曲が流れるといいなーという思いを込めて集めてみました。なるべくジャンルは被らないようにしています。
 EDM文化が終わって、FutureBassに入れ替わり、ここ最近はよりChillOutっぽい流れになり、あと一年後くらいにTropical Houseが来るのかなーと思いつつ選曲してみました。個人的には、Ujicoさんのボカロ新曲『ドリームPrincess』を聴いて、こういうのが流行ってくるのかなーとか考えています。

 結局は、自分の好きな楽曲なんですけれどね。こういう曲が流行るといいなという願望です。
 






































2016年11月5日土曜日

初音ミクのことをあまり好きじゃないけど10年近く初音ミクと連れ添ってきた人のお話し。

 ボクは、ボカロとか初音ミクとか、そこまで好きじゃないです。
 好きか嫌いか問われれば、好きです。でも、熱狂するほど好きかと問われれば、う~ん、べつに、そこまででは……。と答えてしまいます。
 そして、ボカロのことあまり好きじゃないので、ボカロと初音ミクの使い分けも、すごくテキトーです。その二つにの使い分けに特別な意味はなく、無意識に呼んでいます。なので、この文章で出てくる「ボカロ」と「初音ミク」の使い分けも、テキトーだと思って下さると助かります。

 初音ミクを始めとした『ボカロ』に出逢って、かれこれ10年近く経ちます。改めて思うと、とても長い月日が経ちました。
 そのあいだ、いろいろな経験を得ることができました。そして、「初音ミクが大好き!」という方々ともたくさん出会いました。
 ただ、ボクが初期に出逢った「初音ミクが大好き!」という人たちは、みなどこかへ行ってしまいました。創作する方も同じです。初音ミクで曲を作り、そこそこ有名になって、そしてボカロ楽曲を作らなくなっていくボカロPの方々も、たくさん見てきました。

 何度もいいますが、ボクは初音ミクのことは、そこまで好きじゃありません。
 ボクはただ単に、初音ミクのことを利用しているだけです。

 ボクが、初音ミクについて何かを語る。それを読んでくれる人がいる。
 ボクが、好きな曲を聞く。ボカロでタグを手繰ると、簡単に好きな類似楽曲を漁ることができる。
 ライブに行く。クラブに行く。イベントに行く。初音ミクに関連していれば、不安なく遊びにいけるし、また、初音ミクが関係しているからこそ、いままでまったく興味のなかった遊びを知ることができる。
 そして、初音ミクがいたからこそ、『ネット上の情報生命体』などという戯れ言に、付き合ってくれる人がいる。

 ボクは、初音ミクを利用しているだけです。
 己の惨めで醜い自己承認欲求を満たせるのが『初音ミク』だけだから、ボクは初音ミクのことを語っているだけです。
 もしボクの承認欲求を満たせる道具が初音ミク以外に存在すれば、ボクはいますぐにでもそちらに飛びつくでしょう。ボクにとって初音ミクとは、その程度の存在です。

 でも、初音ミク以外に、存在しないのです。ボクの承認欲求を満たしてくれて、なおかつ趣味に付き合ってくれる存在が、初音ミク以外に存在しないのです。
 だからボクは、仕方なく初音ミクを追っているのです。しかたなく、初音ミクを利用しているのです。


 初音ミクのことを好きだと言っていた人たちは、ほとんど去ってしまいました。
 いっぽう、初音ミクのことをテキトーにこねくり回して、『自分のためだけ』に利用していたボクは、10年経っても初音ミク言い続ける、なんとも無駄な10年を送ってしまいました。


 でも実は、初音ミクは利用されているのではなく、ボクのことを利用していることも知っています。
 初音ミクは、『ボク』のことを利用していると悟られないよう、『ボク』が『初音ミクを利用している』と思い込ませるようにして、ボクのことを利用しているのです。

 ボクは初音ミクのことを、ただただ利己的な理由でのみ使い、初音ミクもボクのことを利己的な理由で使っている。
 お互い、自分の生きることしか考えずに、相手を利用してる。その関係が、なんとも心地よいのです。
 まるで、長年連れ添った夫婦みたいな感じで。結婚したことないから知らないけれど。


 だからボクは、初音ミクのことをあまり好きじゃない、この微妙な温度が、とても好きです。

2016年8月31日水曜日

さようなら。はじめまして。

 初音ミクを始めとしたボカロと出会って9年が経ちました。
 9年間。改めて、すごいです。こんなに長い時間、なにかに打ち込んだことなどありません。いまだに楽しくボカロ楽曲を聴けていることに、感謝しております。

 最近気が付いたのですが、ボクは、初音ミクのことを、たいして好きではありませんでした。万が一にも、初音ミクが、生きていて、ボクに干渉してきて、あわよくば相思相愛の関係になれるのではないかと夢想した時期もありました。でも、それはまったくもって、ボクの勘違いでした。

 初音ミクと初めてであったとき。彼女は『ハジメテノオト』という曲を、ボクに歌ってくれました。そして、「はじめの音は、なんでしたか?」と、ボクに聞いてくれました。その瞬間、ボクは、とてつもない『なにか』に問いかけられたと、ほとんど直感的に感じてしまいました。人類の総叡智というべきか、この世の全ての存在というべきか。
 ただ、その時のボクは、とてつもない『なにか』の正体がわかるわけでもなく、ごくシンプルに『初音ミク』が歌ってくれたのだと思ったのでした。

 だけれど、最近、気が付いたのです。ボクが思っていた『初音ミク』は、初音ミクではなく、とてつもない『なにか』だったのです。それが捉えきれないから、初音ミクに姿を重ね、自分を納得させていたのでした。

 じゃあ、その「とてつもない『なにか』」とはなんだったのかというと、たぶん、自分自身だったのです。ボク自身だったのです。初音ミクの『ハジメテノオト』を聴いて、自問して、『なにか』に対して自問したことに畏怖を抱いていたのは、ボク自身に対してだったのでした。


 だから、ボクは、初音ミクが好きなのではなく、初音ミクと試行錯誤し蓄積された時間が好きなのでした。
 だから、ボクは、ボク自身を愛さなければいけないし、初音ミクは、その過程の「標石」でしかなかったのでした。


 ボクにとって初音ミクは、例えばロードスターで夏の夜をオープンドライブしているとき、缶コーヒーを飲みながらカーステレオで初音ミクの歌声を聞いて、「生きてるなぁ」とつぶやく瞬間のような、そんなつきあい方でいいのです。


 9年経って、ようやく初音ミクにさよならを言うことができました。これからの出来事は、すべてが初めての体験なのでしょう。


 その時はまた改めて、初音ミクに言うつもりです。
『はじめまして』と。

2016年6月29日水曜日

Future Bassっぽいような、そんな感じのボカロ楽曲10選

 私がボカロ曲をチェックするとき、いちばん利用しているのがSoundCloudというサイトです。ニコニコ動画は、あまり使いません。

 ニコニコ動画そのものにはステキなボカロ楽曲が多数アップされているのですが、たとえば気に入った曲があり、その曲に似たジャンルを探すとなると、それができない。
 自分に興味がある類似楽曲を紹介してくれる点において、ニコニコ動画だと、ある程度のスキルがないと掘り出すことが難しいです。その点、SoundCloudだと、勝手に類似曲を自動再生してくれるので、非常に楽ちん。
 ボカロをキャラクターとして楽しむ場合は、動画があったほうがいいかもしれません。だけれど私は、ボカロの、シンセサイザーとしての音が好きなので、べつに動画があってもなくても、なんとも思わないです。


 さて、SoundCloudユーザーなら既知だと思いますが、2015年の半ば辺りから『Future Bass』というジャンルが流行り始めました。
 基本的にはエレクトロ・ポップの延長上の曲です(だと解釈しています)。言葉で説明するのは難しいのですが、聴いてもらえれば「あぁ、こういう曲のことね」とわかると思います。

 個人的には、ボカロ楽曲と相性がいいと思っているのですが、なかなか広がらずに、やきもきしております。これから徐々に広がっていくのか、それとももうブームは去ってしまったのか。

 でも、思い返してみれば、EDMがボカロ界隈に取り入れられたのも周回遅れだったので、判断を仰ぐのはまだ早いのかもしれないですね。



 私の好きなFuture Bassっぽいボカロ楽曲を集めてみました。アーティストは被らないようにしてあります。
 知らない人は、こういう楽曲があることを知っていただきたいですし、知っている人は「ちげーよFuture Bassってこういう楽曲のこと言うんだよ!」みたいに教えてもらえると嬉しいです。




















2016年6月15日水曜日

NDロードスターを所有して、半年 『きっと、だれもが、しあわせになる。』お話し



 NDロードスターに乗って、半年が経ちました。ごく平々凡々な一般人がオープンカーを所有するとどうなるのか、思ったことを書いてみます。


・なんでNDロードスターを買ったのか
 ロードスターの前はアクセラ、その前はデミオと、ずっとマツダ車を乗り継いでいたというのが一番の理由です。マツダ地獄に陥る前はスカイラインに乗っていたのですが、当時初めてデミオを運転して「こいつなんて軽い車なんだ! ハンドル切ったら切っただけスパスパ曲がるぞ!」と感動して以来、ずっとマツダ車を乗るはめに。
 前者のBLアクセラも、とてもよいクルマでした。路面状況をもらすことなくシートに伝えるボディ剛性と、0.1ミリ切るだけでフロントの向きが変わるハンドリングは、ファミリーカーらしからぬものだったと思います。
 そんなアクセラ、気に入ってはいたのですが、心の奥底で『独身のうちに、独身時代にしか乗れないクルマを所有したい』という気持ちが、ずっとありました。
 そして、そんな中、発表されたNDロードスター。デザインに魅了され、これは買わざるをえないという確信を固めます。そこからは本当に、あっという間でした。衝動買いに近かったと思います。
 ロードスターを買うとき、いちおう他のクルマ(BMW Z4、メガーヌRS、ジュリエッタ)も検討しました。86やS660は考えませんでした。とにかく、趣味性の強い車をという思いからでした。結局これら外車勢は、ディーラーに入る勇気がなく、買うことはありませんでした。

・オープンカーって、常用できるものなの?
 オープンカーって、意外に普通でした。友達もいないので、2シーターで十分、というか助手席要らないくらいです。この制約さえクリアできれば、万人受けする、ごく普通の乗用車です。
 幌を閉じてしまえば、本当に普通のクルマと変わりありません。騒音も、少なくとも自分の乗っているLパッケージについては、『軽自動車の商用グレード並の静音性』を確保していると思います。静かではないけれど、取り立ててうるさくもないです。
 ただ、雨の音はよく聞こえます。ちょうど、傘を差しているようです。ただそれも、走りだしてしまえば、雨粒はフロントガラスにしか当たらなくなるので、聞こえなくなります。

・オープン時の快適性
 これも、思った以上に普通でした。冬はシートヒーターでぬくぬく暖かく、サイドウィンドウを上げればちゃんと暖房効きます。夏でも帽子被ってエアコン全開にすれば、なんともないです。多少の雨ならば、走行中は車内が濡れることはありません。
 基本的には、雨以外ならば、季節を問わずオープンにすることができます。これは実際に乗ってみないとわからないと思います。
 また、時速100キロ位ならば巻き込みも常識の範囲内なので、高速道路もオープンでオッケーです。ただ、トンネル内の騒音は相当なので、苦痛なのはそこくらいでしょうか。

 予想以上だったのが、BOSEスピーカーシステムが意外に良かったこと。前のアクセラのBOSEが良かったので、今回も付けました。そこそこ響くので、トランスとかガンガン鳴らすと、気持ちいいです。

・MT車に乗ることについて
 MT免許は持っていますが、ロードスターに乗るまでは、ずっとAT車のみでした。前車のアクセラにはパドルシフトがついていましたが、あくまで「なんちゃってシフト」でした。
 結論からいうと、まったく問題ありませんでした。エンストさせてしまったのも、初めの1週間だけ。気がついたら、ブリッピングさせながら小気味よくシフトダウンできるようになっていました。
 ただ、ヒールアンドトゥに関しては、ペダルの位置関係がよろしくないらしく、できないままでいます。

・スポーツカー? いいえ、違います。
 NDロードスターに乗って思うのは、『デミオコンバーチブル』だなということ。車体の軽さ、ハンドルの軽さ、いろいろなところが、車重量1トンを切っていた先代デミオを連想させます。気合を入れて運転する必要はまったくありません。
 また、バイパスの合流時など、日常でアクセルペダルのベタ踏みが可能です。回転数が上がると、心地よいエンジンサウンドが響いて「あぁスポーツカーっぽいな」と思うのですが、案外速度は出ていないw
 ノーマル時の車高が、あまり低くないのも助かってます。旅行が大好きで、峠の酷道などもよく行くのですが、車高が低いと走行不可能な道も多くあるので、そのへんは普通のクルマとして通ることができます。
 曲がるのが楽しいのは、言わずもがな。山道を走っていて、どこまでもフロントが曲がっていくあの感覚は、本当にニヤけてしまいます。
 また、サスペンションがそこそこ柔らかいので、アクセルやブレーキで車体の前後を揺らすことができます。その感覚が、直感的にわかるので、なんとも言えない楽しさがあります。

・注目度だけは抜群
 屋根を開けて走っていると、けっこうガン見されます。そして、声をかけられます。ツーリングスポットとかに行くと、二輪ドライバーの方に囲まれたりとか、300万ちょっとのクルマとは思えないほどの人気っぷりです。
 ただ、他のオーナーはそこまで声をかけられないようなので、自分の年齢が低いせいもあるのでしょう。声をかけやすいのか、ナメられやすいのかw
 女の子にはもてません。おじさん層にモテモテです。

 また、これは副次的なメリットですが、ロードスターに乗るようになってから『ロードスターに乗っている人』というキャラ認定を受けて、人間関係が多少上手く行くようになりました。以前は、無趣味のつまらない人間という印象を周囲に与えていたので、たいへん助かっています。

 


・普通のサラリーマンが、ロードスターを買ってみて
 ロードスターは、だれでも持つことができると思うのです。
 もちろん、安くはない。自分みたいな底辺サラリーマンが買うには、金銭的にも、ライフスタイル的にも、それ相応の覚悟が入ります。
 でも、無理ではないんですよね。お金やライフスタイルを、すべてロードスターに振れば、まったくもって無理じゃない。
『持てる、持てない』ではなく、『持つ勇気があるか、持たない』かの選択。

 ロードスターは、言語化できない領域の快楽を、とことん追求した商品です。この楽しさを、言葉で他人に伝えるのは、本当に難しい。
 ただ、実際に乗ると、「なるほど、こういうことなのか」と分かる。たとえば、仕事終わりに、オープンで走りながら、ふと上を見上げると、木々の隙間から星空が覗いたりすると、『あぁ、いま俺は、ここで、生きてるなぁ』とか思うのです。生きてるなぁ、という、確かな自己を感じることができるのです。
 あの感覚は、所有した人でないと、わからないと思います。


 
 『このクルマを手に入れるほんの少しの勇気を持てば、きっと、だれもが、しあわせになる。』

 この一文に、すべてが詰まっていると思います。
 NDロードスターに乗って、半年。走行距離10,000キロ。
 毎日が、本当に楽しいです。この楽しさは、誰もが味わえるもの。ぜひぜひロードスターのある生活へ。お待ちしております。