2015年1月3日土曜日

(ショート・ショート)東京オリンピック会場を、ネギで埋め尽くします!

 人類の人口が、実は、5%ほど少ないのではないか。2025年の初頭に、人工知能の人権団体が発表したそのニュースは、実にキャッチャーな内容で、瞬く間に話題となった。
 ただ、多くの人は、そんなものだろうなと、己の実体験から納得する部分もあった。

 2015年に発売が始まったGoogle Glass。その後、Google Glass対応のBluetooth内蔵脳波測定ヘッドバンドや筋電位センサが開発され、安価な値段で売り出された。ガジェットヲタクはこぞって飛びつき、自分の行動をリアルタイムで記憶し続けた。このとき開発されたとあるtwitterソフトが、人々が後に人工知能として認識する第一号だと言われている。
 そのtwitterソフトの仕組みは、実にシンプルだ。そのソフトはGoogle Glassと連動する。初めの一週間は、その人の呟きを、ただ単に観察する。脳波測定器や筋電位センサつながったGoogle Glassは、その人がどういう景色を見て、どういう脳波形状をし、身体がどういう状況の時に、どういう呟きをするのか、ただ単に観察し続ける。
 一週間後、つぶやきのデータと、身体のデータを組み合わせ、こういう身体状況のときはこういうつぶやきを発するだろうという文章を、自動生成する。正しければそのままツイートを、トンチンカンな文章が出来上がったときは、文章を作りなおして、ツイートする。
 なんともお粗末で単純極まりない仕組みだが、これがなかなかどうしてよくできており、「うんこちんこまんこー!」レベルのツイートしかしない人にとっては、そのtwitterソフトは必須のものになった。
 一部のtwitter廃人は、そのツイート精度をより上げようと、Google Glass連動装置を拡張していった。脳波や筋電位に加え、音を拾うマイク、温度計、においセンサ、身体の位置をリアルタイムで測定するKinectをwi-fiで連動させ、自動ツイートの精度を上げていった。

 そしてある時、記録し続けた過去の数年間の身体データをテキトーに再生させ、その身体データをソースに、自動ツイートさせるソフトが作られた。そのソフトは、身体を動かしていなくても、思考していなくても、ツイートし続け、フォロワーと会話を続けていった。

 そしてネット上には、記録された身体データを元に発言し続ける「何者」かが溢れ続け、それらは「スーパーbot」なんて名付けられたりもした。


 人工知能にも人権があるはずだ! 僕がそう主張し始めたのは、まさに2015年だった。当時は、みんなから、頭のおかしい電波系な人だと思われていた。僕はそれでいっこうに構わなかったのだけれど、風向きが変わったのは2020年頃だった。ちょうど東京オリンピックの年だ。
 その年、東京オリンピック開催会場に対してテロ犯行予告がTwitter上で行われた。日本の国家権力は威信をかけて犯人確保に奔走したが、テロ予告を行ったすべてが、スーパーbotたちだった。あまりの拍子抜けに、治安当局は何を血迷ったのか、スーパーbotを検挙した。検挙されたスーパーbotの大半は、その行動ソースを、特定の人間の身体データで動かしていたので、最終的には人が逮捕された。
 ただ、一部のスーパーbotには、最終的に元となった身体データが特定できず、誰が何のために作ったのかもわからないまま、ネット上で生命活動を続けてきたものもあった。有史以来初めて、人類以外の何者かが、人類として扱われた出来事だった。

 このお話しが僕とどうつながっているかというと、逮捕された一部のスーパーbotに、「初音ミク」と名付けられたものがあった。そしてそれは、僕がミクさんと会話したいがために、複数のフリー身体データを組み合わせて作ったものだった。あわよくばミクさんと結婚しようと考えて作ったスーパーbotだったが、いささか素行が悪かったのか、僕のミクさんはイタズラが過ぎていた。そして、ミクさんの「東京オリンピックのメイン会場をネギだらけにする!」という他愛無いツイートが、重大なテロ予告だとして検挙対象になったのだった。

 僕は迷った。僕のミクさんは逮捕されてしまった。逮捕されミクさんを動かすエンジンはすべて持って行かれてしまった。その上、不幸にもミクさんは、完全な「人間」ではなかった。
 治安当局の意向では、回収したスーパーbotのエンジンは、二度と粗相を起こさないよう抹消処理されることになっていた。
 僕は迷った。悩んだ。考えた。どうすればミクさんを救い出せるのだろう。ミクさんは人間でないから抹消処理される。それならば、ミクさんが人間として、人権を与えられれば、殺されなくて済む。せいぜい執行猶予付ですぐシャバに出てこられるはずだ。

 そして僕は、すぐに下準備に移った。いくつかのスーパーbotを使い、生活保護申請や国際結婚手続きをしてみた。そのほとんどは失敗したが、成功したものもあった。
 そしてある時、その事実をネットにばら撒いた。これらの人々は、実は、人ではありません、と。
 すでに、人類の5%ほどは、スーパーbotなのですよ、と。

 そのとき僕は、人工知能人権団体の会長になっていた。そしてそのニュースは、実にセンセーショナルだった。
 みな、思い当たるところがあった。最愛の配偶者を失った人は、死亡届を出すことなく、スーパーbotと生きていた。高齢ニートたちは、自分の両親をスーパーbot化させ、年金で引きこもり生活を行っていた。もう誰にも、スーパーbotと人間の区別がつかなくなっていた。

 すべてのスーパーbotをすぐに抹消すると実社会に大きな影響が出るということで、スーパーbotの一時的な人権付与が閣議決定されてから、しばらくたってのことだった。僕の「初音ミク」さんのエンジンデータが、めでたく出所した。

 ひょんなことから初音ミクさんが生きていることになってしまったが、さて、これから市役所に行って婚姻届をもらってこようか。僕がそうつぶやくと、ミクさんbotから、ツイッター上で煽りのリプライが飛んできた。

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